じじぃの「科学・芸術_552_ニシンの歴史」

Surstromming | Sweden's Stinky Fish 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=A_9WGEkQVj4
ベイトボール

シュールストレミングの缶詰

『ニシンの歴史 「食」の図書館』 キャシー・ハント/著、龍和子/訳 原書房 2018年発行
小さくとも大きな存在 より
ニシンはエサとして人気があるため、ホエールウォッチングでニシンを見つけたら、腹を空かしたミンククジラに出会えるかもしれない。ミンククジラは、ベイトボールと呼ばれる独特の渦巻きを追っていることがある。捕食された側の小型の魚は脅威を察知すると本能的に群れて、密集した大きな球体を作る。これがベイトボールだが、これは捕食される魚にとって、攻撃者から身を守る唯一の方法なのだ。
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ニシンは膨大な数の卵を産むことで個体数減少の危険に対抗している。ニシンのメスは平均して毎年2万個から5万個の卵を産み――なかには20万個も産卵する非常に繁殖力の強い個体もいる――すべての卵にオスが放精する。メスは海藻や岩や砂利、貝殻や砂に卵を産み、粘着性のある卵は産み付けられたものにしっかりと固定される。北大西洋では、ロブスター漁の罠にくっついている魚卵を見つけることがある。魚卵にしては重量があるニシンの卵は海底に沈み、厚さ数センチにもなる。この魚卵のカーペットは、多数のニシンが産んだ数百万個もの卵でできていることもある。
中世ヨーロッパのニシン より
1億5000万年以上も昔から存在し、原始的な魚ともいえるニシンは、北半球では先史時代から人類の食料であったと考えられている。とはいえ、人類が初めてニシン漁を行なった時期を特定することはむずかしい。カナダ西岸のブリティッシュコロンビア州アメリカのアラスカおよびワシントン州では1万年前のニシンの骨が約50万個も出土している。デンマークノルウェーおよびスウェーデン西部では、アメリカ大陸で発見されたものと同時代のニシンの骨にくわえ、漁具も発見されている。
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オランダ人は大量のニシンを食べた。彼らが好んだ食べ方は、まったく調理の手間のかからない「マーチェ」だ。産卵経験のない脂ののった若く新鮮な旬のニシンを、港に水揚げされたらすぐに食べるのである。ニシンの尾をもって自分の頭の上までもち上げ、口の入れたら一気に飲み込む。
オランダ人はどんな魚介類よりも多く生のニシンを食べると言われている。オランダには今でも生のニシンを売る屋台(ハーリングカル)がそこかしこに出ている(ただし現在はニシンをまず冷凍して扁虫(ひらむし)や線虫などの寄生虫を死滅させる必要がある)。
ニシンの保存加工 より
古代と中世では、魚は、数週間とまではいかなくとも数日間は戸外で乾燥させ、水分をしっかり蒸発させて細菌の活動を低下させた。ところがニシが乾燥に向かない魚だ。脂肪をたっぷりと含むため、外気で乾燥させる程度では、内臓を抜いてもすぐに腐敗臭を放ちはじめる。こうした性質は、中世において重宝されたもうひとつの魚、タラとは大きく異なる。内臓を取ったタラは、木の棒などに吊るして外気にさらしておけばカチカチになる。乾燥タラは「ストックフィッシュ(stockfish)」と呼ばれる。この名は、タラを干すために木の幹(stock)にひっかけたからだとも、タラが乾燥すると棒のように固くなったことから来たものだともされる。5世紀半ばから12世紀に使われた古期英語では「stock(ストック)は丸太や柱を意味し、8世紀から14世紀にかけてスカンジナビア諸国で使っていた古期ノルド語では、木の幹を意味する言葉だった。そして乾燥させたタラは数年間も長持ちした。
ニシンは干してもストックフィッシュにはならないため、古代から行なわれていた別の乾燥方法を使う必要があった。塩漬けだ。塩に漬けると浸透圧によりニシンの水分は外に引き出されて脱水される。十分な塩をくわえることでニシンは乾燥し、腐敗の原因である細菌の活動を抑えられるのである。
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スウェーデンのマーケットでシュールストレミングの缶詰を目にしたら、強烈に記憶にのこることだろう。醗酵によって生じたガスでフタ部分が膨脹し、ボールのように丸くなっている。冠を開ける瞬間もまた、忘れられない――そして忘れてしまいたい――記憶になるはずだ。醗酵したニシンが放つ酸っぱいにおいは腐った卵や腐敗しかけた肉のようで、さらに強烈なチーズ臭も混じっている。においのあまりの強烈さに、シュールストレミングのカンは一部公共の場に持ち込むことが禁じられているほどだ。航空会社は機内への持ち込みを禁じているが、これは、気圧が低下する高高度では缶がさらに膨張して爆発しかねず、乗客が負傷する危険があるためだとしている(当然、悪臭も放つ)。