じじぃの「科学・芸術_533_ケシ栽培・ゴールデン・トライアングル」

Golden Triangle Opium Hall 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=smXa-I8jM_w
ゴールデン・トライアングル

ケシ栽培

『間違う力』 高野秀行/著 角川新書 2018年発行
「やりすぎ」からアイデンティティが生まれる より
前述のとおり、今から20数年前、29歳のとき、私はミャンマーと中国の国境地帯にある山奥の村に住み、半年間、ケシ栽培アヘン生産に従事していた。
その地はミャンマー、タイ、ラオス3国にまたがった麻薬(アヘン)地帯で、一般に「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれていた。ゲリラやマフィアが仕切る無法地帯ともいわれ、なかなか外部の人間が入って取材するのが難しい。
人が行かないところへ行くのが私の生き甲斐だ。それに世間では「阿片=麻薬=悪」だとされているが、地元の人たちが全員悪人というのも考えづらい。「悪」とか「正義」とかは場所や状況によって変わるものだというのが私のそれまでの体験から得た仮説であり、ゴールデン・トライアングルでその仮説を確かめたくもあった。
ぜひそこへ入ってみたいと思ったが、ただ入るだけではもう先行のジャーナリストが何人もいる。もっと深くやらなければ意味がない。地元の人たちがケシからアヘンを作っていることを知り、「種まきからアヘンの採集まで全部実際にやってみたい」と思った。
そこで現地に近いタイのチェンマイで、いろいろなゴールデン・トライアングル関係者に出会って親交を深めた。途中、ミャンマー少数民族独立運動を手伝うという内澤さんばりの寄り道をしたあげく、3年かかってやっと現地を仕切るゲリラのボスに話をつけて、そのゲリラ支配区の村に住み込むことができた。
実際に村でケシ栽培をやってみたら、絶対悪ではないどころか、純粋な農業だった。しかも完全無農薬有機農法である。水も肥料もやらず農薬も撒(ま)かず、毎日ただ雑草をとるのみ。村の人たちは外の世界から隔絶だれ、アメリカや日本はおろか、自分たちが所属している国がミャンマーということさえ知らなかった。ガス、電気ももちろんないし、水はつねに不足しているので、誰も水浴びをしない。私も半年で1回か2回しか水浴びをしなかった。体は常時シラミだらけである。日中の草とりで疲れ果てているので、夜、いくら体がかゆくてもなんとか眠れるというのが不幸中の幸いだった。
ここの村では数少ない現金収入源がアヘンの生産と販売である。それで鍬(くわ)や鉈(なた)といった刃物、鍋、ぞうりや靴、タバコや酒を買っていた。中にはアヘン中毒のおっさんやじいさんもいたが、基本的にはアヘンは禁止とされていた。商品に手をつけていたら、生活が成り立たないからだ。
アヘンはしかし、そこでは貴重な医薬品だった。
医者や病院というのも皆無なので、村の人たちは病気になったときは自分たちで治すしかない。薬草の知識も豊富だが、アヘンにかなうものはない。「万病に効く」ということで、体長が悪くなるとアヘンを吸う。
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自分のバカさ加減に呆れるが、やはりあのときの「やりすぎ」は評価したい。結果的には、そのときの体験を綴った本は別に評価もされなければ売れもしなくて、「何のために俺は何年もかけてアヘン中毒にまでなったんだ!」と思って、ますます酒びたりになったのだが、それでもその体験があるから、今の自分があると思う。そのときの経験がなければ、いくら恥知らずな私でも「辺境作家」などと名乗らない。
こういう「やりすぎ」をかつてはやっており、それがアイデンティティとなっていたのである。