じじぃの「科学・芸術_467_進化医学・進歩とミスマッチ」

【紹介】人体600万年史上 科学が明かす進化・健康・疾病 (ダニエル・E・ リーバーマン,塩原 通緒) 動画 Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=m1SGFmrZLlo

人体600万年史(上・下):科学が明かす進化・健康・疾病 ダニエル・E・リーバーマン amazon
上下巻合わせて内容をまとめると、「人類は環境の変化に合わせて、猿から進化して脳の大きな二足歩行動物となった。狩猟採集を集団で行なうためにコミュニケーション能力を発達させ、より多くのエネルギーを得るために簡単な調理(肉を切り刻む、煮る程度の)を行なうようになり、それに適応する歯や顎の形を手に入れた。しかし、人類はデスクワークばかりの生活や炭水化物と脂肪ばかりの高カロリーの柔らかい食事や行き過ぎた清潔などには適応して進化していない。その結果として様々な現代病を抱えるようになっている。」といったところだ。
アレルギーや自己免疫疾患など、原因のはっきりしない病気から、がん、高血圧、糖尿病、脳梗塞、心臓疾患など直接的原因がある程度分かっている病気まで、その根本的原因は何なのかを進化の観点から解き明かすことで、最も有効で抜本的な解決の方向性を指し示すことに成功している。肩凝りや近視など身近な症状についても同様で、我々現代人が目指すべき生活態度の指針を示してくれるという意味で革新的な名著と言えよう。

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『人体600万年史(上)』 ダニエル・E・リーバーマン/著、塩原通緒/訳 秦かわ書房 2017年発行
進歩とミスマッチとディスエボリューション より
結局のところ、進化というのはだいたいにおいて過去に起こってきたことで、今日の患者は狩猟採集民ではないのだし、ましてやネアンデルタール人でもないのだから。心臓病を患っている人に必要なのは、外科手術であり薬であり、いずれにしてもそれらの医療処置を行うには、遺伝学や生理学や解剖学や生化学といった分野を十分に理解していることが求められる。だから医者や看護師に進化生物学の課程をとることは求められないし、おそらく彼らにしても、保険会社やほかの医療産業の従事者にしても、職場でダーウインやルーシーのことを深く考えたことなど一度もないだろう。産業革命の歴史を知っていても自動車修理工の仕事の役には立たない同様に、旧石器時代の人体の歴史を知ったところで、医者がそれを病気の治療に役立てられるわけがない。
進化は医療に無関係だと見なすのは、このように論理的なことである――と最初は思う。しかし、じつはその考え方は近視眼的であって、重要な穴を見落としている。人間の身体は自動車のように設計図から作られたのではなく、代々の修正を通して進化してきたものなのだ。したがって人体の進化の歴史を知ることは、自分の身体がなぜこのような姿をして、このように働くのかを考える助けとなり、ひいては、自分がなぜ病気になるのかを知るための助けともなる。生理学や生化学のような科学分野は、病気の原因をなす直近のメカニズムを理解するのに役立つが、進化医学という新興分野は、そもそもなぜその病気が生じるのかを説明するのに役立つのだ。
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さらに踏み込んで言えば、進化はいまも起こっている現在進行形のプロセスだから、進化がどう働くかがわかっていれば、失敗を防いだり機会を確実にとらえたりするのと同様に、多くの病気を予防したり治療したりすることもできるだろう。進化生物学が医療に必要となる例として、とくに切実で、かつ明らかなのは、感染症への対処である。それらの病気はいまも私たちとともに進化を続けているからだ。私たち人間と、エイズマラリア結核のような病気とのあいだで、いまなお進化的な軍拡競争が続いていることをわかっていないと、うっかり不適切な薬を使ったり、生態学的諸条件を軽率に壊したりして、逆にそれらの病気を助長してしまうことがある。次に発生する流行病を食い止め、治療するには、ダーウイン的なアプローチが必要なのだ。日常的な感染症への抗生物質の用い方を向上させるうえでも、進化医学は重要な視点を提供する。抗生物質の濫用は、超強力な新種の細菌を進化させることになるだけでなく、体内の生態系を変化させて、クローン病のような新たな自己免疫疾患を生じさせることにもなりかねない。
そしてがんの予防と治療にも、進化生物学は助けになると期待される。がん細胞と闘うとき、現在のところは放射線や有毒性の化学物質(化学療法)でがん細胞を殺そうとするのが普通だが、そうした療法はときに逆効果となることもあり、その理由を説明してくれるのが進化からのアプローチだ。放射線療法や化学療法は、致死性でない腫瘍が突然変異を起こして自らの細胞をがん細胞に変容させる確率を高めるだけでなく、細胞の環境も変化させ、新しい突然変異が選択される利点を高めてしまうこともありうるのだ。この理由から、あまり悪性でない種類のがん患者には、あまり攻撃的でない療法の方が有効な場合もあると考えられるのである。