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Columbian exchange
現代の私たちにも影響が…歴史を変えた「コロンブス交換」とは? 2016.05.20 趣味時間
大航海時代が始まってまもなく、そしてスペインがレコンキスタ運動を完了させた1492年8月、イサベル1世の庇護を受けてスペインを出発したクリストファー・コロンブス船長率いる船団は、10月にサン・サルバトル島に上陸し、カリブ諸島に次々と上陸していきました。
いわゆるカッコつきの「新大陸発見」です。コロンブスは上陸した地で、黄金を略奪したり、インディアンを大虐殺したり、と好き放題暴れまわった末、帰国します。コロンブスの人間性については肯んずるに窮する面が多いですが、しかし、ヨーロッパとアメリカ大陸の接触は世界史において重大な意義をもつ出来事であることに否定の余地はないといえるでしょう。
こうした接触によってアメリカ大陸とヨーロッパの間で様々な物や文化の往来が生まれました。これらを総称して「コロンブス交換」(英:Columbian Exchange)と言います。
現代の私たちが日常生活であたりまえのように使っているものの少なからぬ数が、実は「コロンブス交換」によってもたらされたものなのです。
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『コロンブスからはじまるグローバル社会 1493 入門世界史』 チャールズ・C・マン、レベッカ・ステフォフ/編著、鳥見真生/訳 あすなろ書房 2017年発行
太平洋を渡って より
16世紀から18世紀の間に、アメリカ大陸のスペイン植民地からは、15万トン以上の銀が産出された。その”スペイン銀”は、世界の貴金属の供給量を2倍、いや3倍に急増させた。世界中にあふれたスペイン銀は、諸政府や銀行などの金融機関を圧倒した。スペインのペソ銀貨が世界の基軸通貨となって、今日のユーロのようにヨーロッパ諸国を結びつけた。ペソはポルトガル帝国、オランダ帝国、イギリス帝国の主要通貨となり、フランスやドイツ諸邦でも広く使われた。
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太平洋を横断するガレオン船が中国へ運んできたのは、銀だけではなかった。アメリカ大陸産の作物ももたらされ、それはたちまち中国人の暮らしを変えることになる。
口火を切ったのはタバコだろう。イングランドやスペインの場合と同じく、タバコは中国の人々をとりこにした。中国語でのタバコの別名「相思草」は、人々の耽溺ぶりをよく表わしている。
愛煙家となった明の兵士たちは、行軍しながら国中に喫煙習慣を広めていった。流行にさとい裕福層は、タバコに入れ揚げていることを得意げに見せびらかした。男たちは煙管(きせる)なしでは、食べることも話すことも、考えることさえできないとうそぶき、女たちは宝石の留め金がついた絹のタバコ入れをもち歩いた。中国人もまた熱烈な喫煙者となったが、タバコが人体に与える悪影響など知るはずもなかった。タバコの毒性は、20世紀になるまではっきりと立証されなかったのだ。そして、好むと好まざるとにかかわらず、コロンブス交換として入ってきたタバコをはじめとする外来植物によって、近代中国は形成されていく。
タバコは後々まで影響を与え続ける、偶然に入ってきた多数の外来種の1つにすぎない。喫煙という行為をタバコは大流行させたが、中国の食糧供給事情をすっかり変えたのは、ほかの外来植物だった。
コロンブス交換がはじまったころ、中国は世界人口の約4分の1をしめていた。しかし、農地は世界全体の12分の1ほどしかなく、そこで大人口を養っていかねばならなかった。国民の主食の約半分はコメとコムギだったが、コメとコムギの栽培に適する水の豊かな地域は。少ししかないのだ。
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巨大な総人口に比べて適当な農耕地が少ない中国では、コロンブス交換によってもたらされた新種の作物は、まさに天恵だった。人々は争ってそれらを栽培した。サツマイモ、ラッカセイ、トウガラシ、パイナップル、カシューナッツ、マニオク(キャッサバとも呼ばれ、デンプンをとる)といった作物が、ガレオン貿易を通じて福建省へもちこまれた。これらはアメリカ大陸からフィリピンへ渡り、その後中国へ入ったものだ。他の者には、和蘭次やポルトガル人商人によって、同様の作物がもたらされた。すべての作物が中国人の生活に不可欠となって、現在にいたっている。今では中国は、世界のサツマイモの4分の3を産出する世界一の生産国になり、トウモロコシについてはアメリカ合衆国に次ぎ、世界第2位の生産を誇っている。
サツマイモの原産地はおそらく中米だろう。スペインの船によってフィリピンへ運ばれたサツマイモは、すでにタロイモを栽培していた地元民にさっそく採用された。タロイモはサトイモの仲間で、デンプン質の多い、ほのかに甘い大きな根菜だ。サツマイモもタロイモと同じく、葉と茎は地下部にあり、食用部分は養分を蓄えて肥大した、地中にある塊根(かいこん)である。フィリピンでサツマイモを食べた福建商人がこれを気に入り、1590年代初めに、スペイン人の積み荷検査官の目を盗み、ひそかに母国へもちこんだ。検査官は、サツマイモのような植物の国外持ち出しを阻止するために置かれていたのではなく、金目のものは渡したくないと思っていただけだった。