じじぃの「科学・芸術_191_日本人のフランス観」

Maupassant 動画 YouTube
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海潮音 2012/10/13 鼠六匹に冬の蛙
上田敏の訳詩集『海潮音』が出版され閃光が走ったのは明治38年(1905)10月13日のことである。
日露戦争終結して一か月が経っていたが、軍医として満州に出征、終戦処理に没頭していた森鴎外のこころを慰労するために献じたものであるといわれている。ここには、ヴェルレーヌボードレール、ブラウニングなどの訳詩が収められ、蒲原有明北原白秋三木露風などの象徴詩運動に多大の影響を与えたとされている。
http://wind.ap.teacup.com/6rats-winterflog/1069.html
『パリ・フランスを知るための44章』 梅本洋一大里俊晴、木下長宏/著 赤石書店 2012年発行
日本人のフランス観 (一部抜粋しています)
日本人がフランスを「フランス」と意識して接触を始めるのは、幕末からである。
徳川幕府は、開国の準備をフランスに教わって進めようとしたのだった。軍隊の制度や制服もフランス式が採用されていた。しかし、その当時フランス側の代表だったロッシュ公使は情勢を読み誤っていた。
ロッシュがまさかと思っていた徳川幕府が崩壊し、代わりに登場したのはイギリスに後押しされた薩摩・長州藩だった。かくてフランスは、日本近代化の草創期に政治、経済、軍事といった局面から後退していった。
今日、「フランス」というと、料理、ワイン、ファッション、映画、美術、文学――何年か前までは、シャンソンも大変な人気だった――誰もがこういった「文化」の王国としてフランスをイメージするようになったのは、日本の近代化が1サイクル閉じて、憲法も制定され、教育制度も軌道に乗り、軍隊も外国との戦争に応える実力をつけた(近代日本が最初に経験する対外戦争は1894〜95年の日清戦争である)ころだ。
そのころ、まずフランスの文学への熱いまなざしが注がれた。日清戦争ころまでのフランス文学の翻訳はユゴーだとかドーデやヴェルヌが多かったが、戦争後増えてくるのが、ゾラやモーパッサン。これが、日本における「自然主義文学」――「私小説」という――、これを抜きにして日本近代文学のありようは考えられない動きを作っていく。モーパッサンは、短編小説の名手として、明治が終って大正も過ぎ、昭和の時代にになっても愛読され続けた小説家である。今、文庫版でゾラは手に入れにくいが、モーパッサンなら、小さな駅前の書店でも並んでいる。大げさに言うなら、モーパッサンは、日本の近代文学の作者と読者の両方の恩師である。
1905年に出版された上田敏の『海潮音』という訳詩集は、日本人にフランス詩の美しさを強く印象づけた。ゾラやモーパッサンとは異なる面からフランス文学への憧憬を準備したわけだ。それは、1925年、堀口大學の『月下の一群』で頂点を迎える。この訳詩集は、実に多くの読者を魅了し、多くの作家にインスピレーションを与えたものだった。
ゾラのような社会派の系譜とは違うアンドレ・ジイドやマルセル・プルーストが注目されだしたのも、『月下の一群』が出版されたころである。堀辰雄などは、プルーストに没頭して、そんな小説を書こうとした。プルーストの『失われた時を求めて』は、とてつもなく長い(文庫本で600頁平均、全13巻)、読み切る人は少ないだろうと思うが、今も人気は続いていて、4つの出版社から4種類の翻訳が流通している。
フランス、特にその近代美術を日本に紹介するうえで、雑誌『スバル』や『白樺』が果たした役割は大きい。ゴッホ後期印象派に対する人気は、現在も衰えを見せない。バブル時代、お金を持った企業家が何よりもまず買い漁ったのも、印象派後期印象派だった。昭和の初め、実業家松方幸次郎が買い集めたのと、その趣味の質はまったく変わっていない。こういう趣味のベース(一般的な美術観を作りあげたのが『白樺』である。
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今でも、フランス映画専門の上映館が東京の繁華街に健在である。しかし、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画に詰めかけてくるのは50代より上の層ばかり、各地にある日仏会館が開いているフランス語講座の受講生も現象の一途をたどりつつある。
もう、かつてのようなフランスへの憧憬は、日本人の中では変質しつつあるのかもしれない。言い換えれば、政治や経済と分断された局面としての「文化」の世界だけで、「フランス」を考え、「フランス」とつき合ってはいけないということである。
それにしても、長い間、日本人は「フランス」に「文化」の豊かさと美しさしか見てこなかった。その歴史がどういう要因によってどういう経路をとってきたか、それを今どう受け止めていくかについて、考えてみなければならないところへ来たようだ。