A journey across the Rust Belt 動画 YouTube
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Rust Belt
『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』 金成隆一/著 岩波新書 2017年発行
地方で暮らす若者たち (一部抜粋しています)
ラストベルトに行くと、すぐに気付くことがいくつかある。街のあちこちに民家や工場の廃墟が点在している。貧困エリアに入れば、廃屋が並んでおり、道路の舗装状態も悪くなる。通い始めて気付くこともある。薬物汚染の広がりだ。バーで飲んでいれば、酔った若い白人から薬物をやらないかと声を掛けられる。そんな街々で暮らす若者の多くは閉塞感や失業に悩んでいる。
トランプの暴言を支持する若者に私は一度も出会ったことはない。ただ彼らに共通するのは、「規格外の行動力を持った指導者に現状を変えて欲しい」という願望だ。破壊願望にも近い。
彼らが飲むのは1杯2ドルの生ビール。ニューヨーク・マンハッタンのバーで飲めば1杯8ドルだ。トランプ現象の背景には、地域格差がある。経済だけでなく、希望の格差。本章では6人の「若者」を紹介したい。
2016年11月10日、オハイオ州トランブル郡を運転中、私の携帯電話に取材先から連絡が入った。
「今朝、親友のベンが死んだ。37歳、子どももいるのに」
電話の主は、トランブル郡でトランプ支持者のリーダーを務めてきたデイナ・カズマーク(38)。電話越しに気が動転していることがわかる。その後の言葉が続かない。
「原因は?」。私が訪ねると、デイナは言った。
「また、薬物の過剰摂取。私の弟と同じ」
この衝撃は大きかった。デイナは4年前、1歳違いで親友のように育った弟ダニエルをヘロイン中毒で失った。享年33歳。
弟ダニエルの同級生がベンだった。デイナにとっても、ベンは幼なじみの1人。デイナは、地元で一緒に育った2人を、いずれも30代で失った。薬物汚染の蔓延だ。
私が駆け付けると、デイナはこの日2ヵ所目の勤務先のバーで、携帯電話に保存されたベンの笑顔の写真を眺めていた。ベンの隣には赤ちゃんも写っていた。
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オハイオ州では2014年に2744人が薬物の過剰摂取で死んだ。10万人当たりの死者数(調整値)はオハイオ州で24.6人。疾病対策センターによると、オハイオ州は全米で5番目に高い。最悪は、ウェストバージニア州の35.5人、2番目はニューメキシコ州の27.3人、3番目はニューハンプシャー州の26.2人、4番目はケンタッキー州の24.7人だった。オハイオ州での東隣、ペンシルベニア州も21.9人と高い。
製鉄や炭坑などの腫瘍産業が廃れた地域とほぼ重なる。デイナは、若者の失業や展望のなさが薬物汚染の背景にある、と感じている。彼女は蔓延する薬物汚染の被害を訴えるため、私にベンを紹介しようとしてくれていた。その矢先の訃報だった。
デイナに一報を知らせたのは、勤務先の喫茶店の店主だった。デイナが、喫茶店に到着すると、店主は「悪い知らせだ」と1枚の写真を見せた。赤い遺体袋が喫茶店の隣の建物から運び出され、検視官の車に載せられる様子が写っていた。
「誰!」「ベンだ」
交際中の女性が、朝ベンを起こそうとしたら既に亡くなっていたという。
デイナは、弟とベンだけでなく、高校時代の別の親友も薬物中毒で失っている。