『文藝春秋』 特集 「名著再発見 60歳になったら読み返したい41冊」 2012年11月号
「読書について」 ショーペンハウエル 【執筆者】池上彰(ジャーナリスト) より
子どもの頃から大の読書好きだった私が大学入学と共に手に取ったのが、この本です。なにせ題名からして『読書について』です。読書の大切さ、喜びについて記されれいるのだろう……と思ったのですが。
いきなり出てきたのが、次の文章です。
「読書は思索の代用品にすぎない。読書は他人に思索誘導の務めをゆだねる」
「読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである」
「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持になるのも、そのためである」
ハンマーで頭を叩かれるような衝撃でしたね。読書することは思索を深めることであり、ひいては自らの思索を作り出すものだと考えていたのですから、それが全面的に否定されたときのショックといったらありません。
問題は読書ではない。どのような姿勢で読書に臨み、読書の後、どれだけ自身が思索するかによるのだ。以後、これを肝に銘じるようにしたつもり……なのですが、そんなにたやすいことではありません。いつしか忘却し、安逸な読書の喜びに耽っています。本人が楽しんでいるんだから、ショーペンハウエル先生、堅いことを言わないでくださいよと文句のひとつも言いたくなります。
そうだ、ショーペンハウエル先生の言うことをそのまま受け止めるのも、「他人にものを考えてもらうこと」ですよね。だったら、こんな19世紀の哲学者の発言にとらわれることなく、今後も堂々と読書を楽しめばいいのです。
とはいえ、こんな箴言が心に残ります。
「書物を買いもとめるのは結構なことであろう。ただしついでにそれを読む時間も、買いもとめることができればある」
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『文藝春秋』 特集 「戦前生まれ115人から日本への遺言」 2016年9月号
「いつまでも紙の本を」 【執筆者】ピーコ(ファッション評論家 1945年生) より
本の虜になったのは、小学校3年生の時。うちはあんまりお金はなかったけれど、父が誕生日に『芥川龍之介全集』を買ってくれてむさぶるように読みました。中学時代には三島由紀夫や松本清張を手に取り、高校時代は毎日のように学校の図書室へ。いまでも時間があれば書店に足を運び、まずは表紙をめくってみます。決め手は最初の1行に惹かれるかどうか。読みたい本が多すぎて、今は部屋中、本の山です。
人生は限りがあるけれど、本を読むことで世界を広げていくことができる。こんなすごいことってないと思うんです。「なんでこんなことを考えつくのかしら」と作家の才能に驚愕したり、海外の文化に触れたり……。それから、行間を読んであれこれ想像を巡らすのも本ならでは。実際に人と話すときには、読書で養った想像力がとっても役に立ちます。
小さい時からずいぶんと本を読んできたなかで、一番のお気に入りはオスカー・ワイルドの『幸福の王子』。建石修志さんの美しい挿絵に惹かれたのが最初ですが、大人になってからも読んでいたくていつも手元に置いています。ちょっと切なくって、素敵なお話です。
昔は仕事の現場で若い子と「こんなおもしろい本があったわよ」なんて話していたけど、今はみんなスマホに夢中ね。なんでも「やばい」で表すなど若者の語彙が減ってるといわれるけど、未知の言葉に触れることがなければボキャブラリーが増えるはずはありません。ぜひ若い世代には、楽しく本を読む習慣を身につけてもらいたい。なにしろ、教科書で勉強するより、よっぽど楽しくておもしろいんだから。
そのためにも、紙の本はいつまでも残してほしいと思います。装丁もきれいで楽しめる。それに、読み終えるのが惜しくてページをめくりたくない、何とも言えないあの気持ち! 電子書籍では味わえないでしょう?