じじぃの「人の死にざま_1718_ロジャー・スペリー(神経心理学者)」

 左脳、右脳

融合する心と脳―科学と価値観の優先順位 ロジャー・スペリー著
1981年ノーベル生理学・医学賞を受賞されたロジャー・スペリー博士(1913〜1994)の存在を知ったのは、品川嘉也医学博士の『脳と創造性の謎』(大和書房1985年)だった。

スペリー博士の分離脳の研究から、「右脳と左脳」が日本では大ブームになったように思われる。
品川嘉也博士は右脳教授として多数出版され、僕は夢中になって読んだ。

この『融合する心と脳』は、研究書であり、ちょっと理解するのにエネルギーを必要とするかも知れない。
https://www.amazon.co.jp/%E8%9E%8D%E5%90%88%E3%81%99%E3%82%8B%E5%BF%83%E3%81%A8%E8%84%B3%E2%80%95%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%A8%E4%BE%A1%E5%80%A4%E8%A6%B3%E3%81%AE%E5%84%AA%E5%85%88%E9%A0%86%E4%BD%8D-%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%83%BC/dp/4414304075
『フューチャー・オブ・マインド 心の未来を科学する』 ミチオ・カク/著、 斉藤隆央/訳 NHK出版 2015年発行
分離脳のパラドックス (一部抜粋しています)
企業の階層構造にもとづく見方と脳の実際の構造とが異なるひとつの点は、分離脳の患者にかんする興味深い事例にみることができる。脳が持つ変わった特徴のひとつは、左と右でふたつ、ほとんど同じ半分のもの――半球――があることだ。科学者は長いこと、脳は片方の半球をまるごと取り除いても機能するので、なぜそんな不必要な重複性を備えているのだろうかと不思議に思っていた。ふつうの企業の階層構造には、このような奇妙な特徴はない。また、もしもそれぞれの半球に意識があるとしたら、われわれはひとつの頭蓋のなかにふたつの意識の中枢を持っていることになるのだろうか?
カリフォルニア工科大学ロジャー・W・スペリー博士は、ふたつの脳半球がそっくり同じコピーではなく、実は別々の仕事をしていることを明らかにした功績で、1981年にノーベル賞を受賞した。その成果は、神経科学の分野にセンセーションを巻き起こした(と同時に、左脳・右脳の二分法を人生に当てはめて語るうさん臭い自己啓発書のささやかなブームも生み出した)。
スペリーは、癇癪患者の治療を行っていた。癇癪患者は時として大発作を起こし、それは左右の半球間におけるフィードバックループの暴走が原因であることが多い。マイクがフィードバックループによって耳をつんざくばかりのハウリングを起こすような、こうした発作は、命にかかわることもある。そこでスペリーは、ふたつの脳半球をつなぐ脳梁(のうりょう)の切断を試みた。これにより、両半球はもはややりとりができなくなり、身体の右側と左側の情報を共有できなくなった。これでたいていフィードバックループが停止し、発作が治った。
当初、こうして分離脳になった患者はまるっきり正常であるように見えた。彼らは機敏で、何もなかったかのように自然に会話することができた。だが、よく調べると、かなり変わった点があることがわかった。
通常、左右の脳半球は、思考を行き来させて互いに補完し合っている。左脳は、どちらかというと分析的で、論理的な思考をおこなう。言語能力のありかはここだ。一方、右脳はどちからというと包括的にとらえ、芸術的な思考をおこなう。しかし、全体を支配するのは左脳で、これが最終的な判断を下す。命令は、左脳から脳梁を経て右脳に届く。ところがそのつながりを絶つと、右脳は左脳の絶対的な支配から自由になる。もしかしたら右脳に、支配者たる左脳の意志に反するそれ自体の意志が存在することもあるかもしれない。
つまり、ひとつの頭蓋のなかにふたつの意志が存在していて、時に身体のコントロールをめぐって争う可能性もあるのだ。そうなると、左手(右脳がコントロールしている)が、まるで見知らぬ手のように、本人の意志とは関係なく振る舞いだすという奇妙な状況が生まれる。
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スペリーは、分離脳の患者についてつぶさに調べた末、ひとつの脳でふたつの異なる心が働いている可能性があると結論づけた。そしてこう書いている。「(各半球は)実のところそれ自体が1個の意識を持つシステムであり、人間ならではのレベルで、知覚し、思考し、記憶し、推理し、意図や感情を持ち、そして……左右の陵半球は、並行して進行する別個の心的経験でさえ――同時に意識していることもある」