じじぃの「人の死にざま_1661_エドワード・マウンダー(天文学者)」

2015年02月 太陽黒点・面積の時系列推移 動画 Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=KBnY1BwPiqM
 太陽定数と黒点の関係

温暖化対策のための2050年CO2 50%削減と太陽黒点数ゼロによる寒冷化と?? 2008-12-27 自分なりの判断のご紹介
マウンダー極小期」って、知ってます?
私も今回調べるまで知りませんでした。
おおよそ1645年から1715年の、太陽黒点数が著しく減少した期間の名称で、太陽天文学の研究者で、黒点現象の消失について過去の記録を研究したエドワード・マウンダー (1851 - 1928) の名前がついているんです。
http://ameblo.jp/sansiroh/entry-10183853943.html
『太陽と地球のふしぎな関係―絶対君主と無力なしもべ』 上出洋介/著 ブルーバックス 2011年発行
黒点が世界史を変える (一部抜粋しています)
黒点の増減が、太陽定数の増減であることが、最近の人工衛星の観測でわかってきた。しかし、その増減のレベルはわずか0.1%である。
では、黒点のない時代が何十年も続いたら、地球はどうなるだろう。いつもきちんと11年周期で黒点数が変るのなら、そんなことはあり得ないはずである。しかし、太陽は生き物なのだから、太陽に異変が起きてもけっして不思議ではない。実際問題として、そのような無黒点時期が長く続いたことを「異変」と呼ぶほど、私たちは太陽活動の周期を正しく理解していないのかもしれない。いずれにしろ、図1-8(画像参照)を拡大解釈すれば、黒点が少なくなれば、太陽からの熱量が減ることになる。そんな「冷たい」時代が、地球の歴史に実際にあったことがわかっている。
実は、ガリレオ黒点を発見した直後、皮肉にも黒点が消えてしまったのである。5歳で王として即位したフランスのルイ14世は、あの絢爛たるヴェルサイユ宮殿や華やかな文化を残したことで有名だが、自らを「太陽王」と称したことでも知られるている。しかし、皮肉にもその治世中でも1643年から1715年の間は、黒点がなくなった70年間でもあった。「静かな」太陽の時代が、長時間続いたことになる。
ガリレオが太陽面で自転とともに移動する黒点の詳細なスケッチを残して以来、400年が経った。過去400年間の及ぶ太陽黒点数の変化から、振幅の大小こそあれ、全体に平均11年の周期が容易に見て取れるが、1645年から約70年間にわたって黒点がほぼゼロになってしまった時期があったことに気づくだろう。古い記録を調べてこの事実に最初に気づいた、英国王立グリニッジ天文台の太陽監督官を務めたエドワード・マウンダーの名をとって「マウンダー極小期」と呼んでいる。
この70年間は、地球全体が例外的に冷えた期間であった。日本では江戸時代で冷害がくり返され、食料がなくなる飢饉が続発した。ヨーロッパでは凶作と戦乱が人びとの心を荒廃させた。ルイ16世の時代に起きたフランス革命は、こうした背景で起きたとも解釈される。
マウンダーの気の遠くなるような丹念な調査をより科学的に進めたのは、アメリカの天文学者ジョーン・エディーで、実は彼によって「マウンダー極小期」という名称が学界に提案されたのである。
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マウンダー極小期には、世界中からオーロラも姿を消してしまったことが記録として残っている。世界中で気温が下がり、日本でも農作物に大被害が出て、いたるところで大飢饉に見舞われた。日照不良でペストが流行し、社会不安が世界史を変えたともいわれている。夏でも気温が上がらず、冬は毎年厳冬が続いたという。英国では、今では全く凍らないテムズ川は毎年のように凍りつき、氷上で子供たちが遊び回る様子を描いた絵が残っている。