J・モノー 「偶然と必然」
オープンシステムサイエンス 原理解明の科学から問題解決の科学 【編著訳】所眞理雄 books.google.co.jp
分子生物学の始祖であるマックス・デルブリュックはノーベル賞の受賞が決まった後の1969年11月17日に知人あてに『平家物語』の冒頭部分の英訳を配っている。
これを受けとった渡辺格は後に、デルブリュックが生命の「はかなさ」に美を見ていたと語った。私は、むしろデルブリュックが生命の「偶然性」に美を見ていたと感じている。
フランスの分子生物学者でありノーベル賞受賞者であるジャック・モノーは、その著書『偶然と必然』〈1970)で、偶然とは「別々の独立した2本の因果が交差する」時であると定義している。生命の遺伝子決定論(必然)の原理を解明した2人が、ほぼ同じ時期に偶然の問題を指摘した点は興味深い。
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『21世紀への遺書』 三石巌/著 立風書房 1994年発行
私たちが今問われていること (一部抜粋しています)
戦後の日本国憲法には、野坂参三が進言したという「主権在民」の文言が盛り込まれている。これは、日本の国家が国民一人びとりのものであるとの命題である。
畏友羽仁五郎は、日本の教育を「教科書的」として痛烈な批判を展開していた。教科書にはこう書いてあると心得ていれば、それが自分のものにならなくてもよろしい、という意味だ。戦争放棄も主権在民も、文字あって実体なし、というのが日本の教育の体質なのだ。
この嘆かわしい事態はどこからきたのか。日本には古代から仏教があった。僧侶以外の善男善女にとって、その経文は越えのみであって内容はない。それを有難いという。儒教が入ってくると、「論語読みの論語知らず」が輩出した。明治になると教育勅語がでた。かくして、わけのわからぬものを有難いとする姿勢が日本人の体質となった。思索は片鱗すらもない。文言そのものが有難いのだ。勉強の価値などというものはどこにも存在しない。
分子生物学の業績でノーベル賞を受けたフランスのモノー(1910〜1976)は、その著『偶然と必然』のなかで、人間の最高の資質は、「創造的野心」、「寛容」、「勇気」、「友愛」としている。フランス革命の標語は、「自由」、「平等」、「友愛」であった。一方、イギリスのミル(1806〜1873)は「自助」を説く。
これらの徳目のすべてに重みがある。これらは正真正銘の人間の条件としてよいだろう。とするならば、少なくとも義務教育のなかでこれらに無関心であることは許されない。人権についても同様である。