じじぃの「科学・芸術_726_世界の文書・DNA」

Francis Crick DNA letter sets $5.3m auction record.

Crick's DNA sketch.

『図説 世界を変えた100の文書(ドキュメント):易経からウィキリークスまで』 スコット・クリスチャンソン/著、松田和也/訳 創元社 2018年発行
DNA (1953年) より
20世紀で最も重要な科学的ブレイクスルーの発見者のひとりである父が息子に宛てた手紙には、「生命の秘密」を解き明かす世界初の手書きの図が描かれていた。最後に彼は書き添えている。「この手紙をじっくり読めば理解できるからね。お前が家に帰ってきたらモデルを見せてやろう」。
1953年初頭、分子生物学者のフランシス・クリック(1916 - 2004)とジェームズ・ワトソン(1928 - )は、ケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所医学研究評議会の研究員を務めていた。2人はデオキシリボ核酸(DNA)の真の構造を解き明かしたいという抑えがたい欲望に突き動かされていた。それは既知の全ての生物と多くのウイルスの「生命の青写真」を含むと考えられている分子である。
1953年3月19日、クリックは12歳で科学好きな息子マイケルに手書きの手紙を認めた。マイケルはイングランドの寄宿学校でインフルエンザに伏せっていた。その手紙の中でクリックはわくわくするようなニュースを書いた。「ジム・ワトソンとパパはとても重要な発見をしたみたいだ。2人はちょうど、DNAの2重螺旋構造を発見したばかりだった。
「私たちはDes-oxy-ribose-nucleic-acid(デ・オキシ・リボ・核・酸。注意して読みなさい)、略してD.N.A.の構造モデルも完成させたんだ」と父クリックは書いた。曰く、DNAとは「暗号なんだ」。そしてその塩基――グアニン、アデニン、チミン、シトシン――がペアを組んで、互いに巻き付いている2本の分子の鎖になっている、と。さらに彼は、DNAがどのように自己複製するかを明確に述べ、自分の見解を説明する構造図まで描いて見せた。「この手紙をじっくり読めば理解できるからね。お前が家に帰ってきたらモデルを見せてやろう」と彼は少年に言った、「愛を込めて、パパより」。
科学者たちは、1869年にスイスの研究者が膿汁の中に謎の物資を発見した時からDNAの存在に気づいていた。
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クリックの7頁の手紙は、DNAの構造とその遺伝学上の意味を明らかにしたワトソンとの有名な共同論文を『ネイチャー』に発表する1ヵ月以上前に書かれた。ワトソンとクリックは1954年4月8日にベルギーで開催された蛋白質に関するソルヴェイ会議で彼らの発見を正式に公表したが、全く報道されなかった。ワトソンは5日前に同じ生物学者のマックス・デルブリュックに手紙を書いていたが、それは専らDNAの構造を解明するもので、如何にしてDNAが自己複製するのかに関する情報はほとんどなかった。そんな訳でマイケル・クリックが後に、父の手紙こそが「父が『生命から生命が出来る仕組み』と呼んでいるものを説明する世界初の文書」であると述べた。
2013年、この手紙は530万ドルで売れた――オークションで販売された手紙としては新記録の価格である。