じじぃの「人の生きざま_534_柳原・良平(イラストレーター)」

画家の柳原良平さん死去 「トリス」キャラの生みの親 2015年8月19日 朝日新聞デジタル
サントリーのウィスキー「トリス」のキャラクター「アンクルトリス」のデザインで知られる画家でイラストレーターの柳原良平(やなぎはら・りょうへい)さんが17日、呼吸不全のため横浜市内の病院で死去した。84歳だった。
http://www.asahi.com/articles/ASH8M5KMWH8MULOB00N.html
【悲報】サントリーと言えばアンクルトリス柳原良平氏亡くなる。 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=gLO7LvRePyI
柳原良平

柳原良平 ウィキペディアWikipedia)より
柳原 良平(やなぎはら りょうへい、1931年8月17日 - 2015年8月17日)は、日本のイラストレーター、漫画家、アニメーション作家、エッセイスト。
東京都出身。神奈川県横浜市中区在住。「アンクルトリス」の産みの親として、また無類の船好きとしても知られる。

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文藝春秋 2015年10月号
蓋棺録 柳原良平 イラストレータ (一部抜粋しています)
イラストレーターでエッセイストの柳原良平は、ウィスキー会社の宣伝部を拠点に戦後の洋酒文化を創出した。
ウィスキーを飲むと顔が赤くなるアンクルトリスは、1958(昭和33)年に誕生。想定年齢は54歳で、その後、歳をとることなくトリス・ウィスキーのキャタクターとして活躍した。
柳原は31年、東京に生まれたが、銀行勤務の父親が転勤して、京都で少年時代を送る。京都市立美術大(現・京都市立芸大)に在学中、父の紹介で銀行広報のアルバイトを始め、広報担当の山崎隆夫が寿屋(現・サントリー)にスカウトされたとき、一緒に寿屋に入社した。
同社の宣伝部には、すでに開高健が入社していた。56年、売り出し中の大衆向けウィスキー「トリス」を宣伝するため、雑誌『洋酒天国』を創刊したところ、2万部の予定が50万部の雑誌となる。
酒にちなんだエッセイ、写真、イラストを掲載して、表紙は柳原が描いた。編集長には開高が就任。ところが58年に開高は芥川賞を受賞して多忙をきわめ嘱託となる。
そこで入ってきたのが、雑誌編集者だった山口瞳で、二代目の『洋酒天国』編集長となった。山口も63年に直木賞を受賞したので寿屋宣伝部は脚光を浴び、柳原もアンクルトリスの産みの親として引っぱりだことなる。
2人の小説家は広告のコピーでも名作を残した。開高は「トリスを飲んで『人間』らしくやりたいナ『人間』なんだからナ」とヒューマニズムに訴え、山口は「トリスを飲んでHAWAIIへ行こう」と当時の庶民の夢を煽った。
柳原も四コマ漫画などを描いて新聞などで活躍し、64年に宣伝部を独立させて株式会社サン・アドを創設したさいには非常勤重役を務めた。
ウィスキーだけでなく船の絵も大量に描いた。小学生のとき船に憧れ、海軍に入ろうとしたが近視ではねられ、以来、船の絵を描いて無念をまぎらわしたのだという。
宣伝部に勤めているときも、休暇をとって客船に乗り世界中を回った。「船旅の楽しさは乗船しなくては分からない」と述べつつ、船旅の楽しさを語る本を何冊も刊行した。
近年、ハイボールソーダ割りとして復活したさい、柳原のアンクルトリスが再び注目された。
84歳没。