じじぃの「神話伝説_107_羊はねむれり(賛美歌)」

「羊はねむれり」古河教会2008年12月24日クリスマスイブキャンドルサービス聖歌隊讃美 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=u43zLQroM8s
「クリスマスソング」より 諸人こぞりて 聖夜 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=iW_-bLz3m6k
「讃美歌21」 252番 「羊はねむれり」
作詞者は三輪源造(1871〜1946).彼は新潟県に生まれ、同志杜神学校を卒業し、同志杜の教授となりました。
いわゆる美文調の詩で、なつかしい感のある、しかし味わい深い内容となっています。 作曲者は、鳥居忠五郎(1898〜1986)北海道生まれ、長期にわたって日本の教会音楽に貢献されました。
http://yassan71.web.fc2.com/yassan.files/hym.files/hym299.files/hym252.htm
『賛美歌・聖歌ものがたり―疲れしこころをなぐさむる愛よ』 大塚野百合/著 創元社 1995年発行
クリスマスの賛美歌 「羊はねむれり」/「諸人こぞりて」 (一部抜粋しています)
数多いクリスマスの賛美歌の中で、それを歌うと、心に静かな平安がみなぎり、み子へのひたむきな憧れが心の底まで染みる歌があります。それは、嬉しいことに日本人による作詞、作曲の歌で、国際的な評価を受けて英訳されている賛美歌119番(教会賛美歌31番)の「羊は眠れり 草の床に さえゆく冬の夜 霜も見えつ……」です。冬の夜が冴え渡る時、草の床に安らかに眠っている羊たちを驚かすように、かなたから響く音があります。それは風でも水でもなく、み使いたちの賛美の歌声です。この第1節をそれに配されている曲で歌うとき、私たちは、欧米のクリスマスの歌が呼び覚ますエネルギーに満ちた世界とは違う東洋的な静寂の世界に招き入れられます。
第2節では、「まひるにおとらぬ くしきひかり」が「み空のかなたに てりかがや」いており、星がみ子の生れた喜びを告げています。第3節では、「あめにはみさかえ 神にあれや つちにはおだやか 人にあれ」というみ使いの調べが2千年前のことではなく、今私たちに与えられていると信じて歌いましょう、と呼びかけています。
これを作詞したのは三輪源造は、同志社女子専門学校の教授を長年勤めた国文学者です。作曲は鳥居忠五郎のものです。この歌を生かしているこの曲を作った人のことを詳しく知りたいと願っていましたが、幸いにも、鳥居忠五郎が1986年に書いた『生かされた八十路』という大変興味深い自伝を手に入れることができました。
彼は、北海道の現在の遠軽で伝道をしていた牧師を父ももち、明治学院神学部卒業の後、東京音楽学校声楽家で学び、青山市販学校教授をへて東京学芸大学教授を定年まで勤めました。教会の内外で合掌の指揮、テナー歌手としてメンデルスゾーンの「ロープ ゲザング」や「聖パウロ」の独唱をするなどさまざまな分野で活躍し、賛美歌委員として大いに貢献しました。
貧しい牧師の息子であった彼は、小学6年から明治学院中学の4年まで東京の身内の夫婦と同居していたのですが、その家のインテリの主婦は、異常に冷たい性格で、まだ幼い彼を下男のようにこきつかい、朝夕の食事つくりと後片づけ、掃除や風呂炊きを毎日させたとのことです。
     ・
そのころから彼は音楽に熱中し、集会室で1人大声をあげて賛美歌を歌い、サンダム館でオルガンに触って、弾くことを習い始めました。明治学院神学部を終え、念願であった東京音楽学校(現東京芸術大学)の声楽家で学び、さらに研究家へと進み、同時に霊南坂教会のオルガ二ストとして聖歌隊の指揮にあたって、音楽家としての人生を始めたのです。
この「羊はねむれり」は、1915年版の賛美歌ではマーガレット・クート・ブラウンの曲が配されていたのですが、1940年に『青年賛美歌』が編集される時、日本人の作った曲が欲しいということで、彼が依頼されました。彼は「紙片に詩を書いていつもポケットに入れ、時折歩きながら読んだ。そのころ目黒と世田谷との境界である柿の木坂を流れる呑川のあたりは人家がなく緑の多い全くの田園野趣の豊かな地域で、楽想を練るには絶好の環境だった。散歩しながらことばを口吟んだ。♪ひーつじはーねーむれりー」(『生かされた八十路』)。帰宅した彼は、一気にこの曲を仕上げました。
日本人の作曲による賛美歌で国際的に有名になったものは、きわめて珍しいのですが、この歌には2種類の英訳があり、英米で歌われています。鳥居忠五郎の息子さんがカナダのバンクーバーで勤務していた時に、その夫人が「クリスマスの歌にトリイ作曲というのがありますが、あなたと関係がありますか」と聞かれて、自分の夫の父であると答えて、その人と親しくなったということです。
東アジア・キリスト教協議会が編纂した賛美歌集は、多くのアジアの歌を採録していますが、日本人の作詞・作曲によるものも数編採録されています。忠五郎の作ったこの歌は、116番に「高きいます神に栄光あれ(Glory to God on High)という題で、サムエル・ヒルバーンによって英訳されています。読んでみますと、原歌とまったく趣が違う歌になっています。賛美歌の翻訳の難しさを思い知らされます。
もう1つ取り上げたい切りすますの名歌は「諸人こぞりて」(賛美歌112番、教会賛美歌3番、25番、古今聖歌集2番)です。これはフィリップ・ドッドリッジ(1702〜51)の作詞によるもので、これに配されている「アンティオク ANTIOCH」と曲は、クリスマスの喜びを声高らかに響かせている名曲です。米国キリスト教音楽の父、ローエル・メーソンがあの有名なヘンデルの《メッサイア(救い主)》のある個所に暗示を得て作曲したというのですから、メーソン作曲といってもよいでしょう。ドイツ人のヘンデルは、ロンドンに住み着き、アイザック・ウォッツとも面識があっただろうと言われています。1741年に24日間で《メッサイア》を仕上げました。
英語でこの「アンティオク」の曲が歌われる時は、普通アイザック・ウォッツの「世界よろこべ、主はきませり(oy to the World! the Lord is come)」が用いられます。日本でこのウォッツの歌詞とこの曲を採用しているのは聖歌122番「たみみなよろこべ」です。古着ん聖歌3番はウォッツの歌詞に別の曲を2種類配しています。
「諸人こぞりて」を作詞したドッドリッジは、彼より28歳年長で、2人は、深い愛で結ばれました。1702年にロンドンの油商人の20番目の子として生まれた彼は、きわめて病弱で、若くして孤児になりましたが、父母の信仰はしっかりと受け継いでいました。彼の母親は、部屋の壁のタイルに描かれている聖書に因(ちな)む絵を用いて、幼いフィリップに心を込めて聖書の話をするのが常でした。