じじぃの「脳障害・記憶の痕跡は重い鎖にも似て!ある健忘症患者の生涯」

コーキン スザンヌ/著
「ぼくは物覚えが悪い」

Henry Molaison: was left with almost no short-term recall

Permanent Present Tense: The Man with No Memory and What He Taught the World by Suzanne Corkinv The Sunday Times
The poignant story of a man whose mind was destroyed in an operation, and who became one of history’s most studied patients - but was he exploited?
http://www.thesundaytimes.co.uk/sto/culture/books/non_fiction/article1256208.ece
てんかんとはどんな病気? てんかんinfo
健康を維持する目的で設立された世界保健機関(WHO)では、てんかんは「脳の慢性疾患」で、脳の神経細胞(「ニューロン」と呼びます)に突然発生する激しい電気的な興奮(「過剰な発射」と表現されています)により繰り返す発作(てんかん発作)を特徴とし、それに様々な臨床症状や検査の異常が伴う、と定義されています。
http://www.tenkan.info/about/epilepsy/
サイエンスZERO 「記憶”のミステリー 〜最新脳科学が解き明かす記憶の正体〜」 (追加) 2016年2月28日 NHK Eテレ
【司会】竹内薫 (サイエンス作家)、南沢奈央 (女優)  【ゲスト】井ノ口馨 (富山大学大学院医学薬学研究部教授)
記憶はどこに保管され、どう思い出されているのか?
脳科学の長年の謎が、今、急速に解明されつつある。さらに記憶を人工的に作ったり切り離したりと、「記憶を操れる」可能性さえ見えてきたのだ。どうすれば記憶力がよくなるのか、といった素朴な疑問から医療への応用まで、新たなステージに入った“記憶”の科学。記憶の正体に迫る!
海馬の役割の解明に身を捧げた人がいました。
彼の名はヘンリー・モレゾン。重度のてんかんを患っていました。
当時決定的な治療法はなく、最後の望みがてんかんの原因とされる海馬を切除する手術でした。
主治医はやむなく海馬の摘出に踏み切りました。
手術後、ヘンリーの発作は激減。治療は成功したかに見えましたが、彼の脳に異変が起きていました。
するとその直後、僅か数分前の出来事さえ一切覚えられなくなっていたのです。
しかし、奇妙な事に家族の事や子どもの頃の思い出など手術前の記憶は残っていました。
日常生活も難なくこなせました。
このことから海馬の役割が判明します。
ところが、最近その謎が解明されつつあるんです。
海馬に刻まれた新たな記憶。それは一体どのように大脳皮質へ転送されていくのか。
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp536.html
『ぼくは物覚えが悪い 健忘症患者H・Mの生涯』 スザンヌ・コーキン/著 2015年01月12日 YOMIURI ONLINE
本書は、H・Mとして知られてきた抽象的な記憶障害者の人生を、ヘンリー・モレゾンという具体的な人物の生涯として描いたものである。
ヘンリーは27歳のとき、てんかんの治療のため発作の原発部位とされた脳の海馬とその周辺の切除手術を受けた。幸いてんかんは治ったが、ヘンリーはその後記憶を作れない男になってしまった。本書の40ページには、手術前のヘンリーの写真が掲載されている。美男である。自分の身に起きた悲劇にも拘かかわらず、そして記憶が30秒しか持続しないにも拘わらず、研究者に協力的で礼儀正しい男であったそうだ。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20150106-OYT8T50109.html
『ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯』 スザンヌ・コーキン/著、鍛原多惠子/訳 早川書房 2014年発行
30秒 (一部抜粋しています)
ヘンリーの作動記憶は、ビンゴをしたり、文章を話したり、簡単な暗算をしたりするには十分役に立った。けれども、オンライン思考をほんの少し前の記憶と統合することはできなかった。レストランで料理を注文するとき、彼は手術前の自分の好みに応じて選択できたが、前日なにを食べたか、体重管理のために低カロリーのメニューを選ばなければならないか、塩分摂取を調整する必要があるか否かを考慮することができなかった。ヘンリーはそうした情報処理をはじめとする、多くの面で介護者に頼っていた。彼の日常生活には多くの制限がつきまとったが、それは人として生きるのに必要な長期記憶容量が彼にはなかったからだ。
では、短期記憶のみで生きていくのはどんな感じなのだろう。ヘンリーの経験が悲劇であることを否定する人はいないだろうが、彼はつらそうに振る舞うことはほとんでなく、いつまでも途方に暮れたり怖がったりもしなかった――むしろまったく逆だった。彼はつねにその一瞬一瞬を生き、日常の出来事を満喫した。手術後にはじめて会った人は永久に見知らぬ人だったが、どの人に対しても寛容と信頼の精神で接した。彼は温厚で愛想がよく、高校のクラスメイトが知る、礼儀正しく物静かな人物のままだった。ヘンリーは私たちの質問に辛抱強く答え、怒ったり、なんでそんなことを訊くのかと訊き返したりすることは稀だった。彼は自分が他人に頼らねば生きていけないことを知っており、誰の手助けでも喜んで受け入れた。1966年、40歳のとき、ヘンリーはMIT臨床研究センターをはじめて訪れた。荷物をまとめてくれたのは誰かと尋ねると、彼はこう答えたきりだった。「母だと思います。こういうことはいつも母がしてくれるから」
私たちは時間というものに縛られて生きており、ときたまそれが重荷になることもあるが、ヘンリーはそうしたものとは無縁だった。私たちの生存には長期記憶が欠かせないが、それはまた妨げにもなる。恥ずかしい思いをした瞬間、失った恋人を思うときの心の痛み、失敗、トラウマ、問題を忘れさせてくれないのだ。記憶の痕跡は重い鎖にも似て、私たちを自らつくり上げた殻に閉じ込めてしまう。
さらに、私たちは記憶に埋もれて生きるあまり、ときに現在に生きることを忘れてしまう。仏教や、あるいは他の哲学思想によれば、私たちが経験する苦しみの多くは自分でつくり出したものであり、とりわけ過去や未来に生きることから生じる。私たちは過去の瞬間や出来事を再現し、未来を思い描いたりして、自分で思い描いた未来の情動や不安にどっぷりと浸かっている。私たちの思考や感情は、現在の現実とはまったくかかわりのないこともしばしばだ。瞑想するとき、私たちは自分の呼吸や特定の身体部位に注目したり、マントラ――いまこの瞬間にとどまることを可能にし、雑念や想念に捕らわれないようにしてくれるものは、なんであれマントラだ――を唱えたりする。瞑想は時間と新たな関係を築き、現在のことだけ考え、記憶の重荷から解放されるための手段である。熱心な瞑想者は現在に生きる――これこそヘンリーの置かれた状況なのだ――修練を長年にわたって積む。
日常生活で直面する不安や苦しみの多くが、長期記憶や、未来の心配や予期から生じるものであることを考えると、ヘンリーが人生の大半をほとんどストレスに煩わされずに生きた理由も見えてくる。彼は過去の思い出にも、未来への思い入れにも邪魔されずに生きた。長期記憶をもたずに生きるのは恐怖以外の何者でもないが、つねにいま現在を見据え、30秒という短く単純な世界に生きることがいかに開放感に満ちているか、私たちは心のどこかで知っている。

                    • -

どうでもいい、じじぃの日記。
図書館の中で新刊書コーナーを覗いてみたら、『ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯』という本があった。
ヘンリーは27歳のとき、てんかんの治療のため脳手術を受けた。
この本によると、脳の記憶には大きく分けて短期記憶と長期記憶がある。
ヘンリーは脳の海馬の一部を切り取られたため長期記憶の機能が失われ、記憶が30秒しか持続しない男になってしまった。
ヘンリーの手術前、後の行動データはかなり正確に研究調べられ、記憶の科学に残した遺産は巨大なものだという。
約1ヵ月前、NHK Eテレで「地球ドラマチック 赤ちゃんのヒミツ」を観た。
生後間もない赤ちゃんが脳障害で脳の半分を切り取ったが、その後ほとんど健康な赤ちゃんと同じような状態に回復した、と言っていた。
ある程度大人になってからの脳の手術は、後遺症が残るようだ。
このヘンリーの場合は、記憶が30秒しか持続しなくなったが、あまりストレスを受けない人生を送ったようだ。
「私たちは時間というものに縛られて生きており、ときたまそれが重荷になることもあるが、ヘンリーはそうしたものとは無縁だった。私たちの生存には長期記憶が欠かせないが、それはまた妨げにもなる。恥ずかしい思いをした瞬間、失った恋人を思うときの心の痛み、失敗、トラウマ、問題を忘れさせてくれないのだ。記憶の痕跡は重い鎖にも似て、私たちを自らつくり上げた殻に閉じ込めてしまう」
神経科学書のような、小説だった。