じじぃの「神話伝説_70_モーセ(旧約聖書)」

The Ten Commandments - Movie Trailer 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1LKUpWvnubU
Moses [1995]  動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=9aSdJMIlR-I
約束の地(カナン)への旅

King of Akkadian & Moses

モーゼは実在の人物だったのですか? 2011/4/6 Yahoo!知恵袋
回答1
実在の人物です。
モーセの存在を否定すると、律法や契約の箱の中身もですし、メシアに関する預言「私のような預言者をおこす―申命記18章5節」など…全部を否定することになりますね。
聖書以外の直接的な裏付け証拠はないものの、記述の歴史的正確性があります。
回答2
実在かどうかは知りませんが、海開きの奇跡は、エジプトの神官、ジャジャ・エム・アンクの逸話から持ってきたものです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1059579355
モーセ ウィキペディアWikipedia)より
モーセラテン語: Moyses、Moses)あるいはモーゼは、旧約聖書の『出エジプト記』などに現れる紀元前13世紀ごろ活躍したとされる古代イスラエルの民族指導者である。
モーセの実在と出エジプトの物語の信憑性は、論理的矛盾、新たな考古学的証拠、歴史的証拠、カナン文化における関連する起源神話などから考古学者およびエジプト学者、聖書批評学分野の専門家の間で疑問視されている。その他の歴史学者は、モーセに帰せられる伝記の詳細さとエジプトの背景は、青銅器時代の終わりに向かうカナンにおけるヘブライ部族の統合に関わった歴史的、政治的、宗教的指導者が実在したことを暗示している、と擁護している。
旧約聖書におけるモーセ
出エジプト記』に続く『レビ記』『民数記』『申命記』ではさらに詳細な律法の内容が語られ、その合間にモーセの生涯とヘブライ人たちの歩みとについて記している。モーセは石版の破片を入れた『契約の箱』を先頭にシナイ山を出発し、約束の国を目指してカナンを進んだ。その途上ではモーセとアロンへの反逆が行われたり、不平を言う民を罰する民に神が炎の蛇を送り、多くの死者が出たため、モーセが青銅の蛇を示して民を救った出来事などがあった。人々はカナンの人々と戦いを繰り返し、アモリ人らを撃ち、全軍を滅ぼした。さらにミディアン人たちを撃つなど戦いを続けた。
モーセ五書の最終巻にあたる『申命記』ではモーセの最期が描かれている。「メリバの泉で神が聖なることを示さなかった」ことにより、約束の国に入ることを許されず、ヨルダン川の手前でピスガの頂ネボに登り、約束された国を目にしながらこの世を去った。120歳であった。モーセはモアブの谷に葬られたが、その場所は誰も知らないとされている。
モーセの死後、その従者であったヌンの子ヨシュアが後継者となり、神の民を導いた。
十戒 (映画) ウィキペディアWikipedia)より
十戒』(The Ten Commandments)は、1956年のアメリカ合衆国の映画。歴史映画で「旧約聖書」の「出エジプト記」を原作として制作されたスペクタクル映画。
70ミリで撮影されて、製作・監督はセシル・B・デミルでこれが最後の作品。出演はチャールトン・ヘストンユル・ブリンナーアン・バクスター、など。聖書に書かれている紅海が割れ、その中をモーゼなど出エジプトの民が海の中を進むクライマックスシーンはあまりに有名。上映時間232分。

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ユダヤ教の本―旧約聖書が告げるメシア登場の日』 学習研究社 1995年発行
偉大なる預言者の原像・モーセ (一部抜粋しています)
モーセは、『旧約』の世界における最大の宗教的指導者である。唯一全能の神と個人的な信頼関係を結び、一族にその信仰を少しずつ広めていったアブラハム、イサク、ヤコブなちの歩みを受け、ヤコブの息子たちを祖とする12の部族を統率し、約束の地(カナン)へと向かう、40年間にわたる試練と苦難の旅「出エジプト」を遂行したのが、モーセであった。そして、ついに神とイスラエル人との民族的な契約「十戒」に至る。
モーセ以前のアブラハムたちの歴史は、いわばそれぞれの”族長物語”である。エジプト王に仕えて立身、ヤコブによる「エジプト下り」をもたらすきっかけとなったヤコブの息子ヨセフは、偉大な族長時代と次のモーセ時代とを結ぶ架け橋になったといえるだろう。
モーセは、後の世に現れるキリストやムハンマドなど偉大な預言者たちの原像でもある。
キリスト教の正典である『新約聖書』は、『旧約』の根本であるユダヤの律法に新しい解釈を加えて枝分かれしたものである。その一方、イスラム教の開祖ムハンマドは、アブラハムエジプト人妻との間に生まれたイシュマエルの子孫だ。イスラムが宗祖にアブラハムを書くというのはそのためであるが、アブラハムを宗祖に位置づけるということは、旧約聖書において、アブラハムに始まりモーセで完結する神との過程が、実はイスラムの世界にも基調低音として色濃く流れているということを意味する。
つまり、アブラハムからモーゼに至る太いラインこそが、世界3大宗教の根幹の役割を果たしているのである。
出エジプト」と、その後カナンに入るまでの流浪の旅の中で、唯一全能の神がモーセおよびイスラエル人たちに次々と課す試練は、それにしてもあまりに過酷だ。神はまるでモーセたちを陥れるために課しているとしか思えないような<究極の選択>を常に迫り、その忠誠心を矢継ぎ早に問うて止まない。
キリスト教であれば、神との契約も大切だが、それ以前の問題として人間が魂の救済を得るにはまず信仰があれば十分と説く。
しかし、ユダヤ教は法的な概念とほとんど同じ厳格さで律法を守ることを、信徒が神からの救済を授かるための絶対条件に掲げているのである。全能の神として常に信徒とともに在り続けるかわり、神は、信徒が絶えず自分に絶対の忠誠を示す存在であることを執拗に求めるのだ。
したがって、カナンを目指す出エジプトの道筋は、神から選ばれた唯一の民族にふさわしい結束力と忍耐力、忠誠心をイスラエル人が獲得するための、神による壮絶な鍛錬の場でもあった。その苦難のありさまには、パレスチナ流浪の民イスラエル人の<原イメージ>が脈々と流れているといえる。
出エジプト記」に描かれた民族的苦難、さらにモーセの現した奇蹟の数々は、後世のユダヤ教ならびにイスラエル人社会との不即不離の緊密な関係が成立するにいたる<根本過程>を記したという意味で、『旧約聖書』中、まさに最大のハイライトなのである。
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モーセは改めて40日間をシナイ山にこもり、新たな十戒の石板を持ち帰る。そして再び同胞たちに神の命令を伝えるのだった。
イスラエル人たちは、モーセの指導のもと1年間をシナイ山の麓で過ごす。その間、十戒や細則をもとにイスラエル独自の組織的社会を司るための取り決めなどをこもごも確認しあったうえ、再びカインの地を目指して出発することになった。
その後も幾度となく苦難が襲いかかり、イスラエル人たちの間に動揺が広がる。けれども旅の途中、人口調査したりカナンでの生活様式のあり方を論議したりしながら、なんとかカナンの手前のカデシュのオアシスにたどり着く。
モーセは神の命じるまま12部族から1人ずつを選び、カナンの地へ偵察隊を出す。偵察隊は40日間かけ、さまざまな角度からカナンの地を探った。その証拠にエシュコルの谷から見事なブドウの房を持ち帰った。ところが、偵察隊の1人が「カナンの地が乳と蜜の流れる土地であることは、このブドウが証明している。しかしカナンの町はとても堅固で、住民の背は高く、力も強そうだ」
そういってみなを脅すと、イスラエル人たちにまた強い迷いが生じる。
12人の偵察隊のうち、ヨシュアとユダ族のカレブだけはみなを励まして強行突破を主張した。しかし、イスラエル人たちの動揺はいっこうに収まらない。
モーセがいくら神の加護を説いてもダメだった。神の怒りは激しかった。あれだけの奇蹟を見せてきたのにまだ信じられない民に、神はさらに40年間の荒野での流浪と心身の鍛錬を課す。モーセイスラエル人を引き連れ、またまた流浪の旅へと出た……。
流浪と戦いの日々の40年間。その間幾度もの戦いを経験しながら、ヨルダン川の東側、南はアルノン川、北はガラリア湖の岸に至るまでの地域を獲得する。イスラエル人の結果は徐々に強固になっていった。
しかし、モーセに残された時間はわずかしかなかった。モーゼは、カナンを目前にして、後継者にヨシュアを指名する。そして、これまでの来し方を振り返りつつ、改めて神との約束(契約)の遵守(じゅんしゅ)を申し聞かせ、120歳の寿命を全うするのだった。