じじぃの「人の死にざま_1487_CG・ユング」


不思議な臨死体験
混沌としていて、人の心はもちろんのこと、自分の本心さえも見えにくい現代社会。自分自身との「対話」を重視したユングの心理学は、現代を生きる私たちに何らかのヒントを与えてくれるハズです。
http://www.j-phyco.com/category5/entry22.html
キリスト教ユング
父親が牧師であったということで、ユングは、いわゆる“正統派”なキリスト教に子どもの頃から慣れ親しんでいたと言えます。
しかし、最終的に彼は、「グノーシス」という、キリスト教の中では“異端”な思想にのめりこんでいきます。
http://www.j-phyco.com/category5/entry62.html
NHKスペシャル臨死体験・死ぬとき心はどうなるか』 サッパリわかりませんでした。 2014/9/15 Yahoo!知恵袋
回答
明快な結論は敢えて避けながらも、意識(心)は脳内で展開される現象であり、臨死体験は死の間際に脳が見せる夢(幻覚)の一種だというのが現在の科学における有力な仮説である。
という内容だと思いました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13135586848
ユング自伝 2 思い出・夢・思想:みすず書房
II巻は「研究」「塔」「旅」「幻像」「死後の生命」「晩年の思想」の6章と付録の5篇とから成る。各章ともにユングの内面世界の雰囲気や、心というものが深遠な現実であったひとつの体験の思い出が生き生きと多彩に伝えられている。
「晩年の思想」においては、長年の間にユングの心中に徐々に形成されていった人と神話の意味についての内省が語られる。
http://www.msz.co.jp/book/detail/02330.html
カール・グスタフユング ウィキペディアWikipedia)より
カール・グスタフユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 - 1961年6月6日)は、スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)を創始した。
ユング心理学の変遷】
精神科医であったユングは、当時の精神医学ではほとんど治癒できなかった各種の精神疾患に対する療法の確立を目指し、ピエール・ジャネやウィリアム・ジェームズらの理論を元にした心理理論を模索していた。フロイト精神分析学の理論に自説との共通点を見出したユングフロイトに接近し、一時期は蜜月状態(1906年 - 1913年)となるが、徐々に方向性の違いから距離を置くようになる。
ユングの患者であった精神疾患者らの語るイメージに不思議と共通点があること、またそれらは、世界各地の神話・伝承とも一致する点が多いことを見出したユングは、人間の無意識の奧底には人類共通の素地(集合的無意識)が存在すると考え、この共通するイメージを想起させる力動を「元型」と名付けた。また、晩年、物理学者のウォルフガング・パウリとともに共時性シンクロニシティー=意味のある偶然の一致)に関する共著を発表した。

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『眠れないほど面白い死後の世界: 前世、臨死体験、輪廻転生……の謎に迫る!』 並木伸一郎/著 王様文庫 2014年発行
心理学者ユングが自伝に書き記した「宇宙体験」 (一部抜粋しています)
「分析心理学」の創始者で、深層心理学の大家、カール・グスタフユングは、実は”臨死体験”においても名の知れた人物であることはご存じだろうか。
というのもユングは、実際に臨死体験をしており、多くの著書にもその影響を色濃く残しているからだ。ユングが”臨死状態”に陥ったのは1944年、69歳のときのことだった。
そのときの様子をユングは『ユング自伝2――思い出・夢・思想』(みすず書房)の中で、こう記している。
「1944年のはじめに、私は心筋梗塞につづいて、足を骨折するという災難にあった。意識喪失のなかで譫妄(せんもう)状態になり、私はさまざまの幻像をみたが、それはちょうど危篤に陥って、酸素吸入やカンフル注射をされているときにはじまったにちがいない。幻像のイメージがあまりにも強烈だったので、私は死が近づいたのだと自分で思いこんでいた。(中略)
 私は宇宙の高みに登っていると思っていた。はるか下には、青い光の輝くなかに地球の浮かんでいるのがみえ、そこには紺碧の海と諸大陸がみえていた。脚下はるかかなたには、セイロンがあり、はるか前方はインド半島だった。
 私の視野の中に地球全体は入らなかったが、地球の球形はくっきりと浮かび、その輪郭は素晴らしい青光に照らし出されて、銀色の光に輝いていた。(中略)
 どれほどの高度に達すると、このように展望できるのか、あとになってわかった。それは、驚いたことに、ほぼ1500キロメートルの高さである。この高度からみた 地球の眺めは、私が今までにみた光景のなかで、もっとも美しいものであった」
ここで着目しておきたいのは、ユング臨死体験中に「地球」を見下ろしていたということだ。ちなみにアポロ計画が実地されたのは1961年から1972年にかけて。世界で初めて地球の姿を肉眼で見た、旧ソ連ガガーリンが友人宇宙飛行を成功させたのは、1961年のことである。
つまり、人類が宇宙に行く、その17年も前の1944年に、ユングはすでに宇宙からのビジョンを見ていたのだ。興味深いことに、このときにユングが見た地球の光景は、アポロが撮った地球と瓜2つだったという。
さらにユングは、この宇宙空間をただよう中で、ヒンドゥー教の礼拝堂に行き当たった。そこで、
「私はすべてが脱落していくのを感じた。私が目標としたもののすべて、希望したもの、思考したもののすべて、また地上に存在するすべてのものが、走馬灯の絵のように私から消え去り、離脱していった」
と語っている。