じじぃの「人の死にざま_1427_オスカー・ワイルド」

Oscar Wilde himself (1985) Part 1 - 6 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=bcIClng5K94&list=PLbHXMjnvlFyuzjimpyqXZzkFWqKY78dVz
オスカー・ワイルド

O narcisimo de Dorian Gray

オスカー・ワイルド ウィキペディアWikipedia)より
オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde、1854年10月16日 - 1900年11月30日)は、アイルランド出身の詩人、作家、劇作家。
耽美的・退廃的・懐疑的だった19世紀末の旗手のように語られる。多彩な文筆活動をしたが、男色を咎められて収監され、出獄後、失意から回復しないままに没した。
ドリアン・グレイの肖像 ウィキペディアWikipedia)より
『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray、1890年)は、オスカー・ワイルド唯一の長編小説(novel)作品。三度、映画化された。
【あらすじ】
画家のバジルのモデルになったドリアン・グレイは大変な美青年である。ドリアンは、バジルの知人の警句家ヘンリー卿のさまざまな逆説的見識に共鳴しながら、悪徳を重ねる。ある天才女優と恋に落ちるが、彼女が本当の恋を知ったがゆえに舞台で恋する女を演じられなくなったため、ドリアンは彼女に興味を持てなくなる。そのことを本人に直言してしまうと、彼女は自殺らしき死に至る。
ドリアンは自分の美の衰えを恐れる。ところが、彼は老けずに美しいままである。そのかわり、彼が年齢や悪徳を重ねると、バジルの描いたドリアンの肖像画が、その分だけ醜くなっていく。

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文藝春秋』 特集 「戦前生まれ115人から日本への遺言」 2016年9月号
「いつまでも紙の本を」 【執筆者】ピーコ(ファッション評論家 1945年生) より
本の虜になったのは、小学校3年生の時。うちはあんまりお金はなかったけれど、父が誕生日に『芥川龍之介全集』を買ってくれてむさぶるように読みました。中学時代には三島由紀夫松本清張を手に取り、高校時代は毎日のように学校の図書室へ。いまでも時間があれば書店に足を運び、まずは表紙をめくってみます。決め手は最初の1行に惹かれるかどうか。読みたい本が多すぎて、今は部屋中、本の山です。
人生は限りがあるけれど、本を読むことで世界を広げていくことができる。こんなすごいことってないと思うんです。「なんでこんなことを考えつくのかしら」と作家の才能に驚愕したり、海外の文化に触れたり……。それから、行間を読んであれこれ想像を巡らすのも本ならでは。実際に人と話すときには、読書で養った想像力がとっても役に立ちます。
小さい時からずいぶんと本を読んできたなかで、一番のお気に入りはオスカー・ワイルドの『幸福の王子』。建石修志さんの美しい挿絵に惹かれたのが最初ですが、大人になってからも読んでいたくていつも手元に置いています。ちょっと切なくって、素敵なお話です。

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『いっしょにいると疲れる人―「くされ縁」の人間関係の研究』 バーバラ・E. ホルト/著、鏡リュウジ/訳  講談社 2001年発行
男性のヴァンパイアと男性の犠牲者 より
ドリアン・グレイという財力と美貌に恵まれた青年がいた。
ドリアンはケルソウ卿という富豪の孫だった。ケルソウ卿の娘マーガレット(ドリアンの母親)は階級の低い軍人(ドリアンの父親)と結婚するが、この結婚に満足できなかったケルソウ卿は娘の夫を殺してしまう。マーガレット、つまりドリアンの母親はケルソウ卿のもとに戻るが、ほどなく失意のうちに亡くなってしまう。こうしてドリアンは祖父ケルソウ卿、つまり自分の父親を殺害した男のもとで育てられることになったのだ。
ドリアンは乳母や女性の家庭教師に育てられたが、誰もがドリアンの美貌に心を奪われ、その境遇に同情した。その結果、ドリアンは極端に甘やかされることになった。
ドリアンに心を奪われたのは乳母や家庭教師だけではない。成長するにつれ、彼の魅力はますます人目を引きつけるようになっていった。
画家のバジル・ホールワードもドリアンに魅了された一人である。バジルにとって、ドリアンは「完璧なもの」であり、「理想の権化」であった。
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ドリアンはバジルが描いた自分の肖像画を居間に飾る。当初、この肖像画は彼にさしたる影響を与えない。ドリアンに影響を与えたのは、むしろヘンリー卿である。ドリアンはヘンリー卿との付き合いを深めるうちに、自分の感覚を満足させることに耽溺していく。五感すべてを満足させることのみ没頭したのだ。ドリアンは衝動的な飢餓感に突き動かされながら、貪欲に感覚を追及したのである。
やがてドリアンの衝撃的な飢餓感は、ある一人の女性に向けられる。それはシビル・ヴェインという若い女優だった。シビルに一目惚れしたドリアンは、毎晩のように彼女の芝居を見にいくようになる。恋に狂ったドリアンの目には、彼女の演技が完璧なもののように映る。この若い女優に対して、ドリアンは耐え切れないほどの飢餓感を覚えるのだった。
ドリアンはヘンリー卿とバジルを芝居小屋に誘う。シビルの演技を見せたかったのだ。ふたりは芝居小屋に行くことに同意する。ドリアンがシビルへの思いを切々に訴えるので、好奇心に駆られたのである。
しかし、その日のシビルの演技は最悪だった。操り人形のような動作、そして機械のように無表情な台詞(せりふ)。ドリアンは愕然とした、いったい彼女は何をしているんだ? 大切な友人を連れてきたというのに!
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当初、肖像画の変化を恐れたドリアンは、それを屋根裏にある昔の勉強部屋にしまい込んで、決して、決して目に触れないようにしていた。また、善行を積めば、肖像画の美しさを取り戻せるのではないかと考えもした。しかし、仮に善行を積んだとしても、肖像画から罪は消えないかもしれないが、年齢を消すことはできない。何をしたところで、肖像画の美しさは損なわれていくのだ。それに気づいたドリアンは、むしろ肖像画の「腐敗ぶり」を楽しむことにしたのだった。
ドリアンは美貌と魅力を駆使して、他人を食い物にしつづける。ドリアンの犠牲になった者たちの苦痛の叫び声もドリアンの力には太刀打ちできない。また、ドリアンの周囲でささやかれるスキャンダルも、彼の危険な魅力を増幅させるだけだ。これも彼の財力によるものである。文明社会において、魅力と財力を兼ね備えた人間に対抗するのはほとんど不可能なのだ。
しかし、画家のバジルだけは生気を保っていた。バジルもドリアンに魅了されたひとりではあるが、彼にはドリアンが良心を失っているように思えたのである。
一方、ドリアンは、自分が良心を捨てくれないのはバジルの存在によるものだと考えていた。バジルが存在するために、肖像画の老醜が現実の自分に降りかかってくるような気がしていたのである。
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またしても、ドリアンは殺人を犯した。しかし、田舎娘には慈悲をかけた。殺人は肖像画を汚すが、慈悲は肖像画を修復するのでは……?
家に帰ったドリアンは屋根裏の勉強部屋に駆け上がり、肖像画を覆う布を取り払った。ドリアンの目は恐怖で見開かれ、その口からは憤怒の叫びが漏れた。
肖像画は修復されていなかったのだ。それどころか、いやらしい偽善者の表情を浮かべ、その足下には血の海が広がっていたのである。
もう逃げ場はないのか? この肖像画は永遠に自分につきまとうのか? ドリアンはバジルを刺したナイフを持って肖像画と対峙する。あの画家を殺したように、この肖像画も殺すのだ。そうすることによって、過去を殺すのだ! 過去さえ殺せば、自分は自由の身になれるのだ!!
ドリアンは肖像画にナイフを突き立てる。
勉強部屋から凄まじい悲鳴がとどろく。召使たちが勉強部屋に駆けつける。部屋のなかに入ってみると、肖像画のなかには、輝くように美しいドリアンがいた。そして床の上には、見るも忌まわしいドリアンの醜悪な死体が横たわっていたのである。