じじぃの「神話伝説_33_メディア(ギリシャ神話)」

Jason and Medea 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=nL75b-28pJ4
Maria Callas as Medea 01 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=NExz2jbdaaA
王女メディア

メディア (ギリシア悲劇) ウィキペディアWikipedia)より
『メディア』は、古代ギリシアエウリピデス作のギリシア悲劇。日本においては『王女メディア』のタイトルでよばれることも多い。ギリシア神話に登場するコルキス王女メディアの晩年におこったとされるコリントスでの挿話を劇化したもの。
紀元前431年に古代アテナイのディオニュシア祭で初演され、これとシリーズをなす他の劇作品とともに、第3等賞を得た。1世紀のローマで、この作品に着想を得てセネカが同名の戯曲を書くなど、現代にいたるまで、文学、演劇に影響をあたえ続けた作品である。
【あらすじ】
コルキスの王女メディアは夫イアソンと共に互いの故郷を捨てコリントスで暮らしていた。だが、コリントスクレオンが自分の娘婿にイアソンを望み、権力と財産に惹かれたイアソンは妻と子どもたちを捨て、この縁組みを承諾する。
怒りと悲しみに暮れるメディアの元に、クレオンから国外追放の命令が出る。一日の猶予をもらったメディアはイアソンとクレオン父娘への復讐を決意する。
アテナイ王アイゲウスを口説き落として追放後の擁護を約束させたメディアは、猛毒を仕込んだ贈り物をクレオンの娘の元に届けさせ、王と王女を殺害する。更には苦悩と逡巡の果てに、自身の幼い息子2人をも手にかける。すべてを失って嘆き悲しむイアソンを尻目に、メディアは息子たちの死体を抱き、竜車に乗って去っていく。

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『私のギリシャ神話』 阿刀田高/著 NHK出版 2000年発行
メディア 毒草と恋ごころ (一部抜粋しています)
王子たちは次々と暗殺され、末っ子イアソンだけが残った。イアソンは山中に逃がれ、半人半馬の賢人ケイロンに預けられ厳しい教えを受けた。ケイロンは姿こそ面妖だが知識は深い。医術の神アスクレピオスにも教えを垂れている。イアソンはりっぱな若者に育ち、成年に達したところでペリアス王の前に現われ、
「王権を返してほしい」
と、正当な権利を主張した。
もとよりペリアス王はやすやすと王位を譲る気など持ち合わせていない。しかし先王との約束は周知のことだし、若いイアソンは見るからに王にふさわしい威風を備えている。正当な要求をないがしろにしては示しがつかない。ペリアスはおもむろに、
「譲らないでもないが、あなたにそれだけの力量があるかどうか試さねばなるまいな」
「私に不満であると?」
「まあ、待て、あわてるな。よいことを思い出した。あなたは知るまいが、私の従兄にプリクソスという者がいた。ヘルメス神から金の羊をもらい、これにまたがってコルキスの国まで飛んでいった」
「はい?」
「そこでコルキスの主アイエテスに謀殺され、恨みをのんで死んでしまった。金の羊も皮袋にされコルキスにあるとか、この羊毛皮を取り戻し、プリクソスの霊を慰めてやらなければヘルメス神に対しても申し訳が立たない。行って取り戻してくれ。よいな、無事に金の羊毛皮を持参して来たときが王位を譲り受ける日と思え」
「わかりました」
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イアルコスに帰ったイアソンは金の羊毛皮を引っ下げてペリアス王の前に立つ。
「さあ、王位をお譲りください」
「まあ、急ぐな」
言を左右にして、また難題をふっかけそう。
ここでもメディアが一言を案じ、
「私、若返りの薬を持ってますのよ」
と、熱湯の中に薬草を入れ、老いた羊を入れると、なんと! 本当に若い羊に変わってしまう。
ペリアス王が、ちょうど老化を気にかけている矢先だったから早速、
「私にも頼む」
熱湯に入ったが、大切な薬を1つ抜いておいたので若返りはおろか、そのままギャフン、昇天となってしまった。恋のためなら人殺しなんか、どうということもない。
惨劇のあとメディアはめでたくイアソンと結ばれ子どもまで誕生したが、イアソンはメディアの激しい気性を知っていてか知らずにかコリントスの王女とねんごろになる。
――くやしい。許せない――
メディアはコリントスの王女にすばらしい衣装を贈る。内側にたっぷりと猛毒を塗り込めて……。
コリントスの王女は贈り物をまとったとたんに即死、駈けつけて娘を抱いたコリントス王も衣装に手を触れ、死んでしまう。私なんか、
「メディアは恨みを晴らすならイアソンに対してでしょう」
と言いたいが、エロスの矢で撃たれ、心底イアソンを愛しているメディアにはそれができない。女心のあわれさ、であろうか。
とはいえ、メディアの心中にあるのはやはり普通の女の愛と憎しみではなかった。
――あの人の子も、厭っ!――
イアソンとの間にもうけた自分の子も殺してしまった。イアソンのエピソードはこの後も少し残されているが、メディアの消息ははっきりとしない。わが子を殺害した猛女は恋しい人を呪いながらみずから命を断ったのではあるまいか。
激情の女は文学作品のヒロインにうってつけである。いくつかの戯曲が創られているが、この情念をあわれと見るか、憎いと思うか、ドラマの印象は相当に異なって映るだろう。