じじぃの「人の死にざま_1358_木村・資生」

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木村資生

岡崎ふるさと巡り「遺伝学者 木村資生博士」  CATV mics
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木村資生 ウィキペディアWikipedia)より
木村 資生(きむら もとお、1924年11月13日 - 1994年11月13日)は日本の集団遺伝学者。中立進化説を提唱した。日本人で唯一のダーウィン・メダルを受賞している。また、パフィオペディラムの育種家としても知られる。

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分子からみた生物進化 DNAが明かす生物の歴史 宮田隆/著 ブルーバックス 2014年発行
分子進化の中立説 (一部抜粋しています)
進化を分子レベルで研究できるようになったのは、比較的最近のことで、それまでは、現在生存している生物の形態や過去の生物の化石といった、主に目に見える形態を対象として進化の研究がなされてきた。長い間の、形態レベルでの研究の結果、地球上の生物は、神が創った不変の創造物ではなく、長い年月の間に、徐々にではあるがその表現形質を変えながら、今日の生物に進化した、という考えが定着していった。チャールズ・ダーウインは、膨大な資料に基づいて生物の進化を科学的に立証し、真かがどのようにしておこるかを説明する自然選択説を確立した。
変異には色々な種類があるが、それに伴い生存にとって有利さの程度もまちまちである。生存にとって有利な変異をもった個体は、生存競争に勝ち残り、より多くの子孫を残し、世代を経るにしたがって、そうした変異をもった個体の数が増えていく。一方生存に少しでも不利な変異をもつ個体は集団中から消滅していく。これがダーウイン以来の自然選択説であり、形態レベルでの進化を合理的に説明する学説であることは現在でも変わらない。
一方、分子生物学の発展によって、進化の研究は様相を一変させた。50年ほど前より、遺伝子やタンパク質といった分子レベルで、進化を定量的に研究することが可能になった。最初の10年間、すなわち1960年代は分子進化に関する重要な事実が相次いで発見された時期であった。こうした新事実を総合して、1968年、木村資生博士は「分子進化の中立説」を提唱した。
分子進化の中立説では、分子の進化に寄与する大部分の変異は、自然選択に有利でもなく、不利でもない、中立な変異であって、そうした変異が機会的浮動、すなわち、偶然に集団に広まった結果、進化がおこるろ考える。この考えは、淘汰に有利な変異が集団に固定するというダーウイン流の自然選択説と対立するため、この説の発表当初から世界的に激しい論争が巻きおこった。
自然選択説と中立説との違いは、突然変異が集団に固定していくときのメカニズムである。自然選択説では、生存に少しでも有利な、子供を多く残せる変異が選択され、集団い広まっていくと考える。一方、中立説では、生存にとって不利な変異は、自然選択によって集団から除去されるという点では、ダーウインの自然選択説と同じだが、それ以外の変異は、すなわち分子の進化に寄与する変異は、偶然に集団に固定する、と考える。つまり、前者は生きる上で少しでも有利な特性をもった変異を選抜しているのに対し、後者はどの変異も優劣はなく兵頭に選抜されるチャンスがあるわけである。
中立説は自然選択による分子の進化を全面的に否定しているわけではない。中立説は分子の進化に寄与する変異のうち、中立的変異の方が淘汰に有利な変異より、数において圧倒的に多い、ということを主張しているのである。しかし、いずれにせよ中立説は、分子レベルでおこる進化のメカニズムが形態レベルでおこる進化のメカニズムとは異なっていることを提示している。自然選択万能の考え方に慣れたこの当時の生物学者にとって、中立的な考えは、その説を支持するかしないかにかかわらず、いかに画期的な考え方であったか、想像に難しくない。
いうまでもなく、中立説の提唱者である木村資生博士は、ダーウイン流の自然選択説を熟知した研究者である。伝統的考えを最も熟知した木村博士が、最も革新的考えに到達し得たということは決して皮肉なことではない。むしろ、このことこそが重要なことであったと思われる。中立説は発表当時から激しい反論に直面しながら、それによく耐え、中立説を支持する多くの事実を蓄積し得たのは、博士がまさに自然選択説と中立説の本質を見極めた研究者だったからであろう。