じじぃの「ゴミ袋ワールド説・自己複製する原始細胞?地球外生命」

The Whole History of the Earth and Life 【Finished Edition】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NQ4CUw9RcuA

がらくたワールド説

ダークホースかもしれない隕石衝突

2018.01.11 藤崎 慎吾
●「がらくた生命」vs.「RNA生物」
たとえばある種の金属イオンや有機物は、代謝の一部を担う酵素の役割を、弱いながら果たすことができる。また化学反応の中には、物質Aと物質Bの反応でできた物質Cが、AとBの反応を促進する触媒の役目を果たして、結果的にCが爆発的に増殖していくという現象がある。この「自己触媒反応」は生物の自己増殖に、ちょっと似ている。
一方、数種類のアミノ酸を含む水溶液を熱すると小さな細胞状の構造体(プロテイノイド微小球など)ができたり、熱水に含まれる硫化鉄が海水に混じると小さな泡のような構造をとったりすることが知られている。
このように「代謝っぽい」ことをする物質や「自己複製っぽい」ことをする物質、そして「細胞膜っぽい」ものをつくる物質などが、それ以外の雑多な物質とともに集まって、何となく「生物っぽく」ふるまうようになったら、それは「がらくた生命」と言っていいのではないか。
そして熱水噴出域のような場所で徐々に機能を発達させ、「生命0.0000001」から「生命0.1」そして「生命0.5」というように進化していったのではないか。ごく大雑把に言えば、これが「がらくたワールド」説のシナリオである(図2)。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54579

『地球外生命-アストロバイオロジーで探る生命の起源と未来』

小林憲正/著 中公新書 2021年発行

第2章 生命の誕生は必然か偶然か より

生命とは何か

地球外生命を探すとしたら、まず、何を生命とよんでいいのかが問題になります。生命とは生物がもつ性質ですが、生命を定義するのは極めて難しく、科学者にとってその定義もさまざまに変わります。オーストリアの物理学者で量子力学の父とよばれるエルヴィン・シュレディンガー(1887~1961)は、1933年にノーベル物理学賞を受賞後、生命とは何かに興味を持ちました。彼はその著書『生命とは何か』(1944)の中で、生命を「負のエントロピーを食べていきているものである」と定義しています。しかし、この定義に従って地球外生命を探すのは大変そうです。NASAは20世紀末以降、地球外生命の発見を惑星探査の大きな目的に掲げています。現時点でのNASAの生命の定義は、米国ソーク研究所教授のジェラルド・ジョイス(1956~)のアイデアに基づき、「ダーウィン進化が可能な自立した化学系」としています。進化ということにかなり重きを置いているのですね。

RNAワールド説

隕石などで届けられる有機物から、どのようにしてして生命にまで進化したのでしょうか。この部分に関しては、様々な説が唱えられていますが、まだ定説はありません。その中で有力な説の1つがRNAワールド説です。先に述べたように地球外生命の特徴のうち代謝はタンパク質、自己複製と進化は核酸が担っています。つまり、タンパク質と核酸が揃わなければ地球生命の誕生は難しいと考えられますが、それぞれが複雑な高分子であり、両者が同時にできるとは考えにくいのです。そのため、タンパク質(代謝システム)と核酸(自己複製システム)のどちらかがまずできたのではと考える研究者がほとんどです。ではどちらが先か? これはいわゆる「ニワトリとタマゴ」問題です。しかし、繰り返すようですが、タンパク質だけでは自己複製はできず、核酸だけでは代謝(または反応の触媒)はできません。
1980年代初頭、トーマス・チェック(1947~)とシドニー・アルトマン(1939~)は化学反応を触媒するRNA分子を発見しました。この発見をもとに生命はまずRNAのみから始まったとする「RNAワールド説」が考え出されました。

さまざまな生命の起源説

RNAワールド説以外にもさまざまな説が出されています。RNAワールド説に直接対抗するのは、「タンパク質ワールド説」です。タンパク質はRNAよりも合成が容易だったと考えられ点がメリットですが、タンパク質に自己複製させるのが極めて難しいところが難しいところがネックです。
触媒や自己複製を無機物にやらせてはどうか。そのようなアイディアも発表されています。イギリスのアレキサンダー・グラハム・ケアンズ・スミス(1931~2016)は粘土鉱物が勝手に自己複製することに注目し、最初の生命は粘土だったとする説を唱えました。また、ドイツの弁理士ギュンター・ヴェヒターズホイザー(1938~)は、海底熱水噴出孔(第1章参照)付近に多くの存在する金属硫化物鉱物(黄鉄鉱など)が熱水とともにもたらされた様々な分子の反応を触媒し、生物の代謝系のようなものを鉱物のまわりに作った、という「代謝ファースト」の説を提案しました。
宇宙、あるいは原始地球上の化学進化により、いろいろなエネルギーで様々な有機物ができることは間違いないでしょう。ただ、その中にアミノ酸核酸材料が含まれるといっても、生成した有機物のごく一部にすぎません。この点に注目したのが、米国プリンストン大学の物理学者フリーマン・ダイソン(1923~)です。

彼の著書『生命の起源(第2版)』では「ゴミ袋ワールド」の考えが記されています。海水中に溶け込んだ様々な有機分子が、オパーリンのコアセルベート(親水性コロイド溶液中の粒子が集合して、濃厚なコロイドゾルとなり、小液滴として他の部分から分離したもの)のような小袋に詰め込まれたものが多数できたとします。それらの袋の中には、優れた触媒作用を示す分子を含むものもあったでしょう。それが「当たり」の袋です。自然選択の結果、そのような当たりの袋が増殖し、さらに進化し、やがてRNAのような洗練された分子が生み出されたとする説です。

私は、基本的にダイソンの考えを支持したいと思います。根拠は、私たちが行ってきた化学進化実験の結果です。加速器などを用いた化学進化の模擬実験ではアミノ酸の構造を部分的に含む大きな分子が生成しました。といってもアミノ酸だけがつながったペプチドのような洗練された分子ではありません。大きい分子の一部だけがアミノ酸なのです。そのため、酵素のような高い機能はもちませんが、非常に微弱な触媒活性をもっていることもわかりました。そこで私はこのような分子を「がらくた分子」、がらくた分子からなる生命システムを「がらくたワールド」と名づけました。このことは前著『宇宙からみた生命史』(ちくま新書)に書いたので、興味のある方はご参照ください。
古典的なシナリオにおいては、化学進化は、タンパク質や核酸を生成するのを目的として進んだように考えられてきました。しかし、このシナリオを検証するために行なわれてきた実験では、都合のよい出発材料だけを選び、それを高濃度に加えて、条件(PHや温度)を精密にコントロールして、やっと少量のヌクレオチドなどの「洗練された分子」が生成しました。でも、実際に出発材料となるのは、隕石(炭素質コンドライト)や原始大気から供給された分子で、その中には核酸の材料になるような分子はごく一部にすぎません。それらの中から核酸の出発材料だけが都合よく選ばれて、理想的な条件下で反応したとすると、生命の誕生は「偶然」といわざるをえなくなります。
一方、がらくたワールド(画像参照)では、まずは極めて微弱な生化学機能(図ではL)を有するがらくた分子を含む小さな袋からスタートします。これが原始海洋(おそらく海底熱水噴出孔近く)で多数生じます。すべての袋の中身が少しずつ異なるので、他の袋よりも機能(L)の少し大きいものが入った袋もあるでしょう。そのような袋は他の袋よりも残りやすく、また、放射線などの働きで変異が起きてさらに機能が高まるかもしれません。そのようなものの中から自己複製能力の高い袋や、代謝機能の高い袋ができ、それらが共生して現在の地球生命のもとになったと考えてはどうでしょうか。現在私たちが使っているような「タンパク質」と「RNA」を用いる生命が地球に誕生したのは偶然といいましたが、がらくた分子から進化した何らかの分子を用いて代謝や自己複製を行うシステムが誕生するのは必然ということになります。