じじぃの「人の死にざま_1117_VE・フランクル」

生きることの意味 1(4分割) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=qDvLW8f3WyY
フランクル苦しみの中にある人へ 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=DStVuDbJ6uo
夜と霧【ヴィクトール・フランクル】3分間読書アウトプット 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=F3nhX1aejoU

フランクル『夜と霧』から (4)  みすず書房
夏休みの青少年読書感想文全国コンクールにも、おもに高等学校の部の自由図書に毎年のように選ばれ、そこから年々すばらしい作品が生みだされています。さらに2011年3月11日の東日本大震災ののち、生きる意味をもとめる『夜と霧』は、さまざまの場で紹介され、例年にもましていっそう読まれてきました。
http://www.msz.co.jp/news/topics/03970_5.html
ヴィクトール・フランクル ウィキペディアWikipedia)より
ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl、1905年3月26日 - 1997年9月2日)は、オーストリア精神科医、心理学者。著作は多数あり、日本語訳も多く重版されている。
【来歴】
1933年から、ウィーンの精神病院で女性の自殺患者部門の責任者を務めていたが、ナチスによる1938年のドイツのオーストリア併合で、ユダヤ人がドイツ人を治療することが禁じられ、任を解かれた。1941年12月に結婚したが、その9ヵ月後に家族と共に強制収容所のテレージエンシュタットに収容され、父親はここで死亡し、母親と妻は別の収容所に移されて死亡した。フランクルは1944年10月にアウシュビッツに送られたが、3日後にテュルクハイムに移送され、1945年4月にアメリカ軍により解放された。その後1946年にウィーンの神経科病院に呼ばれ、1971年まで勤務し、その間の1947年には再婚している。
強制収容所での体験をもとに著した『夜と霧』は、日本語を含め17ヵ国語に翻訳され、60年以上に渡って読み継がれている。発行部数は、(20世紀内の)英語版だけでも累計900万部に及び、1991年のアメリ国会図書館の調査で「私の人生に最も影響を与えた本」のベストテンに入ったという。また、読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査で、翻訳ドキュメント部門第3位となったとされる。

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名著14 フランクル『夜と霧』:100分 de 名著 NHK Eテレ
【司会】伊集院光伊東敏恵 【語り】小野卓司 【ゲスト講師】 諸富祥彦(明治大学文学部教授)
今、日本では自殺者が14年連続で3万人を超えています。震災に見まわれ、全てを失ったという人も少なくありません。
運命に打ちのめされたという人、将来に希望が持てないという人が、世の中にあふれています。そこで8月のシリーズでは、人間の生きがいとは何かを追求した名著「夜と霧」を取り上げることにしました。
「夜と霧」の著者は、強制収容所から奇跡的な生還を果たしたユダヤ人のヴィクトール・フランクルです。精神科医だったフランクルは、冷静な視点で収容所での出来事を記録するとともに、過酷な環境の中、囚人たちが何に絶望したか、何に希望を見い出したかを克明に記しました。
「夜と霧」は戦後まもなく出版され、世界的なベストセラーとなります。アメリカでは、「私の人生に最も影響を与えた本」でベスト10入りした唯一の精神医学関係の書となっています。日本でも、重いテーマにもかかわらず、これまでに累計100万部が発行されました。2002年には新訳本も刊行され、その人気は衰えていません。
「夜と霧」が時代を超えて人を引きつけるのは、単なる強制収容所の告発ではなく、“人生とは何か”を問う内容だからです。そこで今回の番組では「夜と霧」を“人生論”として改めて読みとくことにしました。
戦後、フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。彼が残した言葉は、先が見えない不安の中に生きる今の私たちにとって、良き指針となるはずです。
収容所という絶望的な環境の中で希望を失わなかった人たちの姿から、人間の“生きる意味”とは何なのかを探ります。そして苦境に陥った時の“希望”の持ち方について考えていきます。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/14_frankl/index.html
名著14 フランクル『夜と霧』:100分 de 名著 「<全4回>第2回 どんな人生にも意味がある」 2012年8月8日 NHK Eテレより
生きる意味
『夜と霧』の著者、ヴィクトール・フランクルは1905年 ウィーンに生まれました。4歳のある日フランクルはある疑問を抱いたと言います。
人はいつか必ず死ぬ。だとしたら、僕はなぜ生きるんだろう?
幼い心に抱いた哲学的な問い。その答えを探し続けてフランクルは精神科への道を選びました。患者の悩みに耳を傾けるなかで、やがてフランクルは4歳の時のあの問いこそが心の問題を解決する鍵だと思い至りました。
なぜ、生きるのか?
その意味を見失ったとき、人は心を病むのでしょう。大切なのは自分が生きる意味を知ることだ。患者が生きる意味を見出すことを治療の中心に置いてきたフランクル
1942年、強制収容所に入れられたとき、こう自分に言い聞かせたといいます。
「お前はこれまで、人生には意味があると語ってきた。それはどんな状況でも失われないと言ってきたじゃないか。さあ、ヴィクトール。自分でそれを証明する番だ」
こうしてフランクル強制収容所の絶望のなかでも生きる意味を探し続けていったのです。
いつ解放されるともしれず、重労働を課せられる毎日。力尽きてしまう人。生きることを諦めてしまう人が続出するなかで、2人の男が悲愴な決意でフランクルを尋ねました。彼らはフランクルに言いました。
「もはや、人生から何ものも期待できない」
死にたいと訴える2人に対して、フランクルはある言葉をかけます。その言葉で彼らは自殺を思いとどまりました。それは一体、どんな言葉だったのでしょうか?
伊東、「伊集院さんだったら、なんと言葉をかけますか?」
伊集院、「その場で言われたら、そうだな、とか言ってしまいそうだ。まあ、寝ろとか。疲れているんだと」
もはや人生に何の期待もできないと語る2人に対して、フランクルの言った言葉は、
「それでも『人生』はあなた方からあるものを期待しています」
すぐにはその言葉の意味が分からず、戸惑う2人に、フランクルはさらに言いました。
「あなたたちを待っている何かがあるはずです。それが何か、考えてください」
すると1人の男があることに思い当たりました。
男の頭の中に、家族3人の写真が浮かんでいる画像が出てきた。
待っている、愛してやまない子どもが外国で私を待っている・・・。
もう1人の男の中の頭に論文を書いている自分が浮かんでいる画像が出てきた。
そうだ。科学の研究論文をまだ書き終えていない。この仕事が私を待っている・・・。
フランクルは2人が待っているものこそが、生きる意味だと気付かせました。こうして彼らは自殺を思いとどまったのです。
「人生から何を期待できるかではなく、人生が何を期待しているか」
ヴィクトール・フランクル Google 検索
http://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4GZAZ_jaJP276JP276&q=%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AB&gs_l=hp....0.0.0.34...........0.&sa=X&oi=image_result_group&ei=rVxBUbjwJsXzmAW6rIDgAQ&ved=0CC4QsAQ