じじぃの「人の死にざま_1096_P・ヘンライン」

Peter Henlein- My Social Project 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=xg3xo4rg7_0
Peter Henlein: Sensational discovery! 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=WlbVRnFznhw
ピーター・ヘンライン ウィキペディアWikipedia)より
ピーター・ヘンライン(Peter Henlein)は、ニュルンベルクの鍵屋で時計職人。携帯型計時装置の発明者であり、腕時計の発明者とされることもあるが、異論もある。彼が1504年から1508年の間に製作した円筒形の懐中時計はぜんまいばねを1度巻くと40時間動き続けたという。1504年頃に完成した鉄製懐中時計はフィラデルフィア記念堂に現存する。1511年に完成した、ゼンマイを用いた懐中時計は「ニュルンベルクの卵」と呼ばれた。
多くの文献で誤って「1500年頃に時計に使用できるゼンマイを発明した」など時計用ぜんまいばねの発明者とされているが、15世紀の前半に製作されたぜんまいばね使用の時計が2つ現存している。

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『常識として知っておきたい 科学50の大発見!』 博学こだわり倶楽部 KAWADE夢文庫 2012年発行
ゼンマイ式懐中時計の発明 (一部抜粋しています)
腕時計といえば、かっては進学や就職祝いの鉄板アイテムだった。時は金なり、大人としての時間を大切に使いなさいよ、という励ましと戒めを込めるにはぴったりだったからだろう。しかし今どきは、携帯電話さえ持ってしまえば、時刻がわかる。お祝いに時計をもらってもピンとこない、という人が多いかもしれない。
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13〜14世紀になると、ヨーロッパで機械仕掛けの時計が発明される。誰が、いつ作り始めたのかは定かでないが、当時、教会の鐘を鳴らす時刻を示すための時刻が、欧州各地に作られていた。先端におもりをつけたロープを歯車の軸に手動で巻き上げ、おもりが下がっていくのを見て、一定時間の経過を知る、という方式の時計で、これも装置が大がかりなうえに、あまり正確とはいえない代物だった。
やがて15世紀後半から16世紀にかけて、ドイツやオランダ、イタリアなどの職人たちにより、本格的な機械時計が登場する。歯車やバネによって動作速度を調整する仕組みを脱進(だっしん)というが、その脱進システムを使った機械や装置の開発が、時計製作を中心にブームとなっていったのである。おもり式に比べて装置の大きさも抑えられ、部屋の中や卓上に置くなど設置場所の幅も広がった。
そんななか、1504〜1508頃、ドイツのニュルンべルグにおいて、ピーター・ヘンライン(1479頃〜1542)という時計技師が作った新しい機械時計が注目を集める。一番の特徴は、その時計の仕上がりがそれまでより格段に、”小さい”ことだった。
ヘンラインの機械時計のポイントは、のちに「ヒゲゼンマイ」と呼ばれる小さくて性能のいいゼンマイを使ったことだ。ゼンマイとは、細長い鋼(はがね)を渦状に巻いたもので、巻き締めたものが元に戻ろうとする力を、時計などの脱進システムに動力として利用したわけだ。
基本的には。使う鋼の幅や厚みが大きいほど力が強く、巻かれた鋼の長さが長いほど駆動時間が長くなる。当時の技術では、厚い鋼をたくさん巻いてそこそこの大きさのゼンマイを作っても、1日1回は――下手をするともっと煩雑に――巻き直さなければならず、しかも摩耗が激しくて鋼がすぐ切れてしまいがちだった。
ところがヘンラインの発明したヒゲゼンマイは、薄くてコンパクトなうえに40時間ほども駆動力が持続した。それを使ってできあがった時計は、直径がわずか数センチで、上着のポケットに楽に納めることができた。そこから、持ち歩くことのできる「懐中時計」の歴史が始まったのである。
発明当初は、ヘンラインの時計も正確性に欠け、故障しやすいなど欠点が多かった。しかし、次々と改良が加えられて性能は安定していく。小型化もさらに進んで、懐中時計は急速に人々の生活に定着していった。こうして、人はいつでもどこでも時を知る術を手に入れたのである。

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