じじぃの「人の死にざま_909_I・ラングミュア」

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Dr. Irving Langmuir air-water interface demonstration 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=5sGUqX7EcBA
Understanding phenomena in surface chemistry:Kondoh Group 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=Z4gBccqo84M
アーヴィング・ラングミュア フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 (一部抜粋しています)
アーヴィング・ラングミュアは、アメリカ合衆国の化学者、物理学者である。1932年に界面化学の分野への貢献でノーベル化学賞を受賞した。
コロンビア大学を卒業後、ゲッティンゲン大学で、ヴァルター・ネルンストのもとで化学を学び、1909年からゼネラル・エレクトリックの研究所で研究を始め1950年まで在籍した。また、「事実でない事柄についての科学」を病的科学として定義したことでも知られている。
【業績】
・不活性ガス封入によるタングステン電球寿命の延長(1913年)
・ラングミュアの吸着式の提出
・水素プラズマの研究→プラズマの命名(1928年)、静電探針を考案
・高真空水銀ポンプの発明
・ラングミュアの真空計の発明
・ルイス−ラングミュアの原子価理論(1919年)→オクテット則
・白金の触媒作用の研究
・単分子膜(ラングミュア・ブロジェット膜:LB膜)の研究(1934年)
・人工降雨の実験(1946年)

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『ナノの世界が開彼るまで』 五島綾子、中垣正幸著 海鳴社 2004年発行
ラングミュアによるガス入り電球の発明と気体の固体表面への吸着現象 (一部抜粋しています)
1910年代に米国のラングミュア(Irving Langmuir, 1881 - 1957)は自らの論文の中で、溶質分子の固体表面、液体表面への吸着現象について、その分子の並び方にまで言及する新しい概念を発表した。
ニューヨーク生まれのラングミュアは、コロンビア大学冶金工学科を卒業した後、1903年ドイツのゲッティンゲン大学でネルンストの下で物理化学の博士号をえた。ネルンストは熱測定からの化学平衡の計算について研究していたドイツの熱力学の第一人者であった。ラングミュアに与えられたテーマはネルンスト電球と呼ばれる白熱電球のフィラメントと気体分子の相互作用であった。この研究がきっかけとなり、固体表面への気体の吸着現象の究明がその後の彼のライフワークとなった。その後、ゼネラル・エレクトリック(GE)社で1909年から1950年まで研究を行った。米国において企業研究者として初めてノーベル賞(1932年ノーベル化学賞)が与えられた人物である。
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ラングミュアはこの研究所の研究員として気体分子の固体表面への吸着現象と、溶質分子の固体表面および液体表面への吸着現象の両者を研究し、統一的かつ定量的に説明することに成功した。ラングミュアの業績は大きく分けて2つあげられる。1つはラングミュアの吸着等温式と触媒反応機構の解明であり、もう1つは水面上の薄膜の研究である。後者の研究の方が年代的には後であった。おそらく固体表面上への分子の吸着から水面上への分子の吸着にも興味が拡がったのであろう。そこでまず固体表面への気体の吸着現象の研究に至る軌跡を述べる。
当時、電球はタングステンのフイラメントを真空中に封入したものであったが、GE社ではその寿命を長くすることが望まれていた。電球の内部に空気があると、熱せられたタングステンが酸化され、すぐに燃えてしまう。しかし電球の中を真空にすれば、寿命はかなり長くなったが、ラングミュアは寿命をさらに長くするために、白熱状態のタングステンの観察に取りかかった。彼は白熱したフイラメント中のタングステン原子がゆっくりと蒸発し、そのためにフイラメントがだんだん細くなり、切れることを見出した。そこで彼は白熱電球の寿命をいかにして高めるかという課題に対して、発想の転換を試みた。つまりランプの中にいろいろの種類の気体を入れては、タングステンのフイラメントがどのような影響を受けるかということに興味を持ち、実験を開始したのである。彼はタングステン原子の蒸発を抑えるためには、酸素以外のガスで満たせばよいという考えに到達した。そこで窒素を電球内部に満たしたのであった。彼のアイデアは見事に的中し、ガス入り電球の寿命は2倍になった。当時、ラングミュアは「蒸発するタングステン原子の中には気体の分子と衝突した後、再びフイラメントに戻ってしまうのが多いため、蒸発速度は気体中で非常に減少してしまう」と述べている。
1913年4月に申請したラングミュアのガス入り電球の特許は、電球産業に買う名を起した。ラングミュアはこの実績が認められ、研究所で自由な研究が保証されることとなった。その後、彼は吸着現象に関連して多くの基礎科学と技術の両面に貢献した。例えば、高温の金属の表面にガスが接触したときに起こる変化を研究し、水素炎噴射機や高真空水素ポンプなど次々に発明につなげていった。さらに白金線上で気体薄膜形成によって白金の触媒能力を説明することを試みた。その他、ガラスの表面に薄膜をつけることによって、ガラスの表面からまぶしいきらめきを減らし、自動車やその他の安全問題にも寄与し、その研究活動は多彩であって、人工降雨の研究(1946)にまで及んだ。

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