杉本八郎 - あのひと検索 SPYSEE
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アルツハイマー病治療薬の現状と展望【杉本八郎】エンゼル証券 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=WXxShmfQE0I
アルツハイマー(認知症)の新薬(治療薬) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=uohmQAeorYI
ゆうどきネットワーク 「そこが知りたい! 認知症 治療の最新事情」 2012年4月19日 NHK
アルツハイマー病の進行を遅らせる薬は、これまで日本には、「アリセプト」という薬、1つしかありませんでした。でも去年、新しく3つの薬が登場しました。「レミニール」と、貼り薬2種類、これらは基本的に「アリセプト」と同じような効果があります。そして「メマリー」は、全く違う効き方で、アリセプト・レミニール・貼り薬と併用、一緒に使うことができます。
http://www.nhk.or.jp/you-doki/archive/life/20120402.html
世界を変える100人の日本人!JAPAN★ALLSTARS 2009年7月 テレビ東京
杉本は、アルツハイマー病の進行を遅らせ、症状を改善させる治療薬「塩酸ドネペジル」を開発した。その功績から1997年“薬学のノーベル賞”ともいわれる英国ガリアン賞特別賞を受賞した。
高校卒業後、製薬会社に入社した杉本は、新薬開発部門の一研究員として働いていた。母が認知症になったことをきっかけに、当時治療薬がなかったアルツハイマー病の治療薬開発を始める。1000を超える化合物の合成、試験を繰り返しついに治療薬たりえる「塩酸ドネペジル」の開発に至る。その後「塩酸ドネペジル」は世界中でアルツハイマー治療薬として使用されるようになった。
現在杉本は、京都大学薬学科の教授としてアルツハイマー病の根本的な治療薬開発に情熱を注いでいる。
http://www.tv-tokyo.co.jp/100japan/backnumber/0907.html
杉本八郎 ウィキペディア(Wikipedia)より
杉本八郎(すぎもとはちろう、1942年 - )は、日本の薬学者、京都大学教授。製薬会社エーザイで、アルツハイマー型認知症の進行抑制剤「アリセプト」の研究開発に取り組んだ。
【履歴】
1942年、東京都生まれ。 1961年、東京都立化学工業高等学校卒業後、高卒でエーザイに入社。新薬開発部門のみならず、労組や人事畑で働きながら、1969年、中央大学理工学部工業化学科の夜間部を卒業。2003年、エーザイを定年退社し、エーザイが寄付した京都大学大学院薬学研究科創薬神経学講座教授、現在、最先端創薬研究センター客員教授。
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『新薬に挑んだ日本人科学者たち』 塚崎朝子/著 ブルーバックス 2013年発行
アリセプト(ドネペジル塩酸塩)――アルツハイマー病の進行を遅らせる薬 (一部抜粋しています)
1906年、ドイツの精神医学者、アロイス・アルツハイマー(Aloysius Alzheimer)は、記憶障害から痴呆を発症して4年後の亡くなった50代の女性について報告している。病理解剖してみると、脳が著しく萎縮し、脳神経細胞にアミロイドβタンパク質と呼ばれる異常なたんぱく質が沈着する老人斑が過剰に生じていた。
後にアルツハイマー病と呼ばれることになったこの病気は、初老期以降に発病する認知症の一種で、認知・学習機能が低下して、なすすべもないまま進行する。現在に至るまで、その根本原因の解明は進まず、決定的な治療法は確立していない。ただ、亡くなった患者の脳では、記憶にかかわる神経伝達物質であるアセチルコリンが異常に低下していることが明らかになっており、そこに注目して、病気の進行を遅らせる薬が開発されてきた。
エーザイの研究員だった杉本八郎らが合成して、製品化した『アリセプト』(ドネペジル塩酸塩)はその先駆けであり、副作用が少なく、世界の認知症患者の光明となり続けている。
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『日本発!世界技術―この会社が経済再生の原動力になる』 溝口敦/著 小学館 2003年発行
全世界100万人を救う「まぐれ当たり男」の話 アルツハイマー治療薬 (一部抜粋しています)
エーザイの創薬第一研究所所長・杉本八郎さんは1942年、午(うま)年生まれである。もう還暦は越えているが、いたって意気軒昂、馬は馬でもタネ馬を自称している。
製薬会社の研究者の中には新薬の開発に恵まれないまま、定年を迎える人も少なくない。だいたい生涯に1つ開発できればいい方だといわれるぐらいの世界なのだ。が、杉本さんは別で、人から冷やかし半分に「セレンディピティ(僥倖、まぐれ当たり)だけで生きている男」とクサされても「運も実力のうち」とめげない。
「私はこれまでに『デタントール』(血圧降下薬)と『アリセプト』(アルツハイマー治療薬)という2つの新薬開発に成功してます。多産なことでは研究者冥利に尽きる。デタントールは先行品があるためにグローバルで年間売上げは20億円ぐらい。小ヒットです。しかしアリセプトは事実上、世界で初めてのアルツハイマー治療薬といってよく、アメリカで爆発的に売れています。エーザイの年間売上は約4000億円。わが社にはもう1つパリエット(抗腫瘍薬)という柱があるんですけど、それと合わせ、全社売上の4割はいっている」
杉本さんが率いたアリセプトのプロジェクトチームは98年2月、薬のノーベル賞といわれる英ガリアン賞の特別賞を受賞し、そのほか、日本薬学会技術賞や化学・バイオつくば賞、また昨年は恩賜発明賞も受賞している。世界的な評価が定まっているのだが、薬を産み出した杉本さんのキャリアがまた異色である。
1961年都立化学工業高校を卒業後エーザイに入社、配置された研究所に勤めながら中央大学理工学部の夜間に通って、69年に卒業した。90年アリセプトの開発も一段落したと、人事部に配置換えされ、本意ではなかったのだが、人脈づくりと論文書きにいしそみ、96年、53歳で広島大学から薬学博士号を得た。97年再び研究畑に戻され、00年創薬第一研究所の所長、理事に昇進している。
いわば苦学、努力の人であり、「研究者としてアブノーマルなキャリア」を自認、自負している。剣道は6段、俳句もたしなむ。話は諧謔(かいぎゃく)味に富み、たしかにただ者でないと思わせる。
どこでどう杉本さんはアルツハイマー治療薬に行き着いたのか。
「82年うちの社は研究所の主力をそれまでの文京区小石川からつくばに移します。私も主任研究員としてつくばに移り、脳神経部門の第2研究室に配属された。脳や神経内科的な病気の治療薬を開発する部門です。 移った先に1年前、南カリフォルニア大学のサマーズ椅子が論文を発表した。もともと抗菌剤として開発されたタクリンという化合物をアルツハイマー患者に静脈注射した結果、半分の患者に知能の改善が見られたというんです。だけど吐き気や発汗などの副作用があり、そのうち肝臓障害を引き起こすと分かってきた。最初、このタクリンの副作用をなくせば、薬として使えるじゃないかと思って研究を始めたんです」
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86年ついにアリセプト(一般名は塩酸ドネペジル)を完成、動物実験や臨床試験を重ね、ついに96年アメリカで新薬として承認され、97年から発売される。日本での発売はアメリカに遅れること2年、99年だった。
「アリセプトは対症療法剤です。根本治療薬ではない。しかし病状を回復させ、悪化を遅らせる点では他に類似の薬がない現実があります。たとえばそれまで失禁し、俳諧しては迷子を繰り返していた80歳の女性に処方したところ、2ヵ月で自らトイレに行くようになり、失禁がなくなった。以前は転倒するため車で送り迎えして通院していたのを、服用3ヵ月で歩いて通院できる。買い物も一人で行け、同じものを買ってこなくなった。以前より明るくなり、家族との会話が多くなったとか、好転の例は枚挙にいとまがありません」
アルツハイマー病の患者を抱える家族にとっては、地獄に仏のような薬にちがいない。
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杉本八郎 Google 検索
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