じじぃの「人の死にざま_856_ザラスシュトラ」

ザラスシュトラ - あのひと検索 SPYSEE
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The Story of God - Zoroastrianism 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=GGRgzFLcMMQ
Brief History of Zoroastrianism 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=6y8BZONPmiM
ザラスシュトラ ウィキペディアWikipedia)より
ザラスシュトラ(紀元前13世紀? 〜 紀元前7世紀?)は、ゾロアスター教の開祖である。近年の研究では、前10世紀から前11世紀にかけて活躍したといわれるが、研究者によって異なる。
【歴史上のザラスシュトラ
ザラスシュトラの本来の教えは、イランの神話的聖典である『アヴェスタ』内の「ガーサー(韻文讃歌)」部分の記述がそれに相当すると考えられる。インドの『リグ・ヴェーダ』などとの言語学的比較から、ガーサー(サンスクリット語では、「ガーター」がこれに対応する)は紀元前15世紀頃から紀元前13世紀頃に成立したと考えられる。ここからメアリー・ボイスなどは、ザラスシュトラの生存した年代をこの期間のいずれかに比定している。
【教え】
ザラスシュトラの教えは、後にゾロアスター教としてまとまった宗教体系となるが、ザラスシュトラの教えが述べられているとされる聖典『アヴェスター』が文字で記録されたのは後3世紀のサーサーン朝ペルシアの時代である。この時代には、ペルシア語は中世ペルシア語となっており、アヴェスター語とも呼ばれる古代ペルシア語はこの当時すでに解読が困難であった。特にその最古層に属するガーサー部分は、今日でも解釈に異論があり確かなことが分からない。ザラスシュトラ自身の教えの言葉が含まれるとされるガーサーは古代ペルシア語の方言で記されており、一層解読に問題がある。
ニーチェの時代、ヨーロッパではザラスシュトラの思想は一つの流行となっていた。ニーチェがどこから資料を得たのか不明であるが、後年の研究成果と比較しても、かなり正確な知識を持っていたと思える。ただ、その著作『ツァラトゥストラはかく語りき』は、ニーチェ自身の思想をザラスシュトラに仮託して述べたものであり、ゾロアスター教との相関はほとんどない。ザラスシュトラの教えには、「永劫回帰」などはない。恐らくは、リグ・ヴェーダ中の記述と混同した結果のニーチェの誤認である(永劫回帰に近い、全ては無から生じ無に還るの記述は、ヴェーダのガーターなどヒンドゥー起源の書物に繰返し引用されている。しかし、基本的にガーターはニーチェほどのラディカルな回帰性にない)
ゾロアスター教 ウィキペディアWikipedia)より
ゾロアスター教は、古代バルフの地に始まる宗教である。バルフは現在のアフガニスタン北部にあり、ゾロアスター教の信徒にとっては、始祖ザラスシュトラが埋葬された地として神聖視されてきた。
イスラム帝国ゾロアスター教の衰退】
イスラム教徒の統治下でイランのゾロアスター教徒ズィンミーとされ、厳しい迫害を受けた。ジズヤの支払いは経済的圧迫となっただけでなく、精神的にも多大な屈辱をゾロアスター教徒に与えた。信仰の保持は認められたもののムスリムへの布教は死罪とされ、事実上不可能となった。このこともゾロアスター教世界宗教から血縁に基づく民族・部族宗教へ衰退する要因となった。さらに寺院の修復や新築には特別の許可を必要とし、その他にも数々のムスリムとの差別待遇が存在した。表立った強制改宗は稀だったが、多くのゾロアスター教徒は差別と迫害を逃れるためにムスリムへの改宗を余儀なくされた。

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『世界と日本の怪人物FILE』 歴史雑学探究倶楽部/編集 学研 2010年発行
終末思想の概念をもたらした古代宗教の創始者 ザラスシュトラ (一部抜粋しています)
世界史において、紀元前7世紀から紀元前1世紀は「思想のカンブリア紀ともいうべき偉大な時期だった。ソクラテスプラトン孔子、釈迦、イエス・キリストなど数多くの聖賢が誕生し、人類の精神世界が一気にひらけたのだ。
その先陣を切ったのがゾロアスター教の教祖ザラスシュトラである。
ゾロアスター教とは、善と悪の二元論を特徴とする宗教で「アフラ・マズダー」という光明の神を最高神とする。そのアフラ・マズダーが、神の言葉を人々に伝えるための預言者としてこの世に送ったのが、ザラスシュトラだった。
ザラスシュトラの生涯については諸説あり、不明な点も多いのだが、現在では紀元前7世紀前半にイラン東部で生まれ、77歳のときに暗殺された、というのが通説になっている。
中世ペルシャで書かれた諸文献によると、ザラスシュトラの誕生は、神々があらかじめ人間たちに伝えていたという。そして、当のザラスシュトラのほうは、生まれ落ちた瞬間にっこり笑った、というのだ。この笑いは、彼が生まれたことによって世界が立て直される、つまりザラスシュトラこそ救世主であることを喜んでの笑いだったと解釈されている。
ザラスシュトラは生まれつき美しく、そして才能に優れており、さらに超人的な力も宿していた。その身体は、火や溶けた鉱物にさらされても、刃に貫かれても、傷ひとつ負わなかったと聖典は伝える。
アフラ・マズダーは、そんなザラスシュトラを通して、人々に生き方を教えた。その言葉が、ゾロアスター教聖典『アヴェスタ』の「ガーサー」に語られている。
加えて、神は世界の終末についても、ザラスシュトラを介して人々に伝えているのだ。
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興味深いのは、最終戦争から最後の審判に至る過程は、ユダヤ教の黙示録や「ヨハネの黙示録」に描かれたものに酷似している点だ。さらに、七大天使や龍といった、同じモチーフもあちこちに散見する。
つまり、古代ユダヤ人の持っていたメシア(救世主)思想や終末論は、古代イラン人の終末感に大きく影響されているのだ。ゾロアスター教が、いかに古代世界に大きなインパクトを与えた宗教かがわかるだろう。
複数の民族が共有してきた「この世の終わり」という幻――ゾロアスター教の予定表に従うならば、この世の終りが訪れるのは25世紀頃となる。

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