じじぃの「戻ってきて。ジョブズ」

スティーブ・ジョブズ ひとを動かす神 なぜ、人は彼に心を奪われるのか?』 竹内一正著 リュウ・ブックスアステ新書 (一部抜粋しています)
イデアの値打ちはどこで決まるか
トップが部下にこまやかな指示を出すのは、悪いことではない。いったい何を期待されているのかわからないあいまいな指示で戸惑うよりは、過激ではあっても「私はこういう方向へ行きたいんだ」「こんな製品をつくろうじゃないか」と具体的に指示してくれるほうが、はるかにありがたい。
こうしたやり方は、特に、世の中のどこにもない新しいものをつくるときや、多くの人に反対されるようなすごいプロジェクトを推進するときに大いに効果的である。
だが、ジョブズの指示はあまりにも細部にわたりすぎて、現場が混乱したり、失敗に終わってしまうことも、ときにはあった。
それでも失敗に懲りることなく、iMaciPodの開発に際しても、やはり「僕の内部にあるもの」にこだわって、実にこまかい口出しをしている。
たとえば、iMacからフロッピーディスクドライブをなくせと言う。あるいはiPodの開発チームに「電源を入れたり切ったりする電源ボタンはいらないよ」といった注文をぶつける。
そういう指示を毎日ぶつけることで、「僕の内部にあるもの」を製品化したのである。
あるコンピュータ関係者が、こんなことを言っている。
ジョブズよりもすごいビジョンを持っている技術者はいるだろう。しかし、それをだれにでもわかる形で噛み砕いて伝え、製品化することはできない。ところがジョブズのビジョンは製品化できる。そのビジョンが、アップルをアップルらしくしている」
アップルのすご腕デザイナーであるジョナサン・アイブによると、iMacをつくったとき、ジョブズにはどんな形のどんなコンピュータがほしいか、はっきりとしたイメージがあったという。特に外見にはかなりこまかいところまで注文をつけられたらしい。
どれほどすばらしいアイデアを持っていても、相手に伝わらなければ、また実行に移されなければ、何もならないのと同じことになる。アイデアの価値は、伝達と実行に支えられている。
ジョブズの伝達は、重箱の隅をつつくようにこまかい。だがそれは、バルコニーの上から全体像を見渡せる者だけができることなのだ。決してトリビアリズム(瑣末主義)ではなかった。自分の中に確固たるイメージを持ち、それを細部にわたって実現しようとするジョブズ流は、すごいもの、あっと驚くものが誕生する可能性を秘めている。
ジョブズはなぜアップルを一度追放されたのか
ある人が「将来を担う技術をいち早く見きわめる才能がある」と評していた。確かに、すぐれた技術を見抜き、ビジョンを描き、そこに向かって一直線に突き進むのはジョブズの特徴とも言える。
ただし、ジョブズに見えているものが周囲の人にも同じようにみえているとは限らない。そこが第一の難点だ。さらに、ジョブズに見えているものがいつでも正しいとも限らない。それが第二の難点である。
難点が表面化した第一の例がアップルⅢだった。ジョブズはリーダーとして失敗をしでかしている。
アップルⅢは、本格的なビジネス用パソコンとして企画された製品である。CPU(中央演算装置)はアップルⅡの2倍の性能を持っていた。だが。現在でもパソコンはプロセッサーなどからの発熱が問題で、アップルⅢも大変だった。熱を発散させる方法は技術者たちの腕の見せどころで、彼らが「冷却ファンをつけるべきだ」と主張したのに、ジョブズは、「ノー」と拒絶してしまう。それだけでなくて、ケースサイズを無理に小さくしてしまった。
こうして、熱が逃げずに本体内部に蓄積する危険な設計になってしまった。その結果、実装していた部品が製品搬送中にゆるんでしまい、約2割がチップ部品の脱落を起こしてしまうこととなった。
次の失敗の舞台はリサだった。
リサの原点は、カリフォルニア州にあるゼロックスパロアルト研究所(PARC)だ。PARCを見学して、その革新的な技術に感激したアップルの技術者たちが、製品化をめざして情熱を掲げたのがリサ・プロジェクトだった。
このプロジェクトは、「PARCにあったあらゆる技術をリサに入れる」と主張するジョブズと、「それはムチャだ!」と反対する技術者たちとの戦いだったといえる。
たとえば、リサ用に搭載したフロッピードライブはアップル社内で開発したが、信頼性がはなはだ低い問題児だった。社内にはフロッピードライブを開発した技術者がいなかったので、「このままでは問題解決にはムリ」と考えたエンジニアたちは、社外から技術を委縮してほしいと願い出た。だが、ジョブズは「ノー」と拒絶し、開発は迷走する。
結局、リサは販売不振にあえぎ、技術者たちの努力は報われないまま失敗することとなった。85年には販売中止となってしまう。
リサ・プロジェクトの失敗やマッキントッシュの売上不振によって、ジョブズはアップルを去ることとなる。ジョブズが「どうしてみんなわからないのかな?僕には見えているのになぁ」と不思議に思うのに対し、ある人物がこう評している。
ジョブズは数千マイルかなたの水平線をみることができる。だが、そこに至るまでの道がどうなっているかは決してみえないんだ。それがジョブズの才能だし、失脚の原因だよ」
ジョブズ流・米国流そして日本流
ジョブズ流の人材活用法は、日本人には有効なのだろうかとよく聞かれる。
日米のお国柄や国民性の違いは、マネジメント手法に影響力を持っている。ジョブズと仕事をするには、何より精神的にタフでないとやっていけない。日本人は失敗に注目し、かつ失敗を反省し改めることが好きだ。これが日本流だ。強みを伸ばしたり、独創性を育むより、均質にエネルギーを注いでいるのが日本の社会である。
たとえば、日本の研究者は学会で発表するとき、100回の実験を行って1回失敗したら、その1回の失敗のことばかりを言う。しかし、アメリカの研究者は、100回実験し、99回失敗しても、1回の成功がすべてであるかのように話す。アメリカの研究者からそう聞かされた。これは日本人の気質と問題点を象徴している。
再びサッカーを例に取るが、ワールドカップ日本代表チームを端的に言うと、ディフェンスはそこそこやるが、得点が苦手だ。ディフェンスは失敗を修正すればレベルは上げられる。だが、得点するには、修正でなく独創的なアイデアの展開が必要だ。得点できない日本サッカーは、日本の社会や教育の問題点と、日本の弱点を如実に表わしている。
一人で独創的なドリブルをして敵陣を突破して点を取るジョブズと仕事をするには、強みをとことん伸ばすポジティブな性格が向いている。100回のうち1回やった失敗を気にする性格では、1時間で辞めたくなるだろう。
日本が世界と戦って21世紀も豊かな社会であり続けるためには、日本の若い人たちジョブズと仕事ができるぐらい精神的に前向きでタフになってほしいと、つい望んでしまうのだ。
ただ、前向きなアメリカ人でさえ、ジョブズと仕事をするのは至難のワザであることは言っておこう。

                            • -

どうでもいい、じじぃの日記。
スティーブ・ジョブズ ひとを動かす神 なぜ、人は彼に心を奪われるのか?』を読んだ。
マックなど、触ったこともないじじぃが、本屋でジョブズ関係の本が並んでいるのをみて、ジョブズとはどんな人間なのだろうと思い、買って読んでみた。
強烈な個性を持った人間のようだ。本の中で日本人にもジョブズ的な人物として、ホンダの本田総一郎、松下電器(現在はパナソニック)の松下幸之助を例に上げている。
ジョブズは2004年に膵臓がんと診断され、今、療養休暇をしている。
マックファンには、たまらないジョブズ
ジョブズ」をキーにして検索してみた。
検索結果にこんなのがあった。
「戻ってきて。ジョブズ