体の炎症
【解明】炎症と上手に付き合う方法
2024.07.29 ナショナル ジオグラフィック日本版サイト
炎症は嫌われものだ。傷や感染による肌の赤み、痛み、発熱や腫れといった不快な症状を多少なりとも抑えるための対策が、数多く推奨されている。食事やサプリメント、薬、さらには生活習慣までさまざまだ。
しかし、多くの生体反応と同様、炎症も度を越せば危険性を帯びる。炎症を起こすきっかけとなった感染症や傷が治った後も、慢性的に高いレベルの炎症が続くと、その機能が変化し、心臓病、がん、2型糖尿病、うつ病、アルツハイマー病などの長期にわたる疾患を招きかねない。
こうした疾患の多くは老化に伴って発症リスクが高まるが、老化は炎症レベルの増加とも関連がある。免疫系は自分の体の組織を攻撃することがあり、関節リウマチ、多発性硬化症、クローン病などの自己免疫疾患を引き起こすのだ。過剰な炎症反応と新型コロナウイルス感染症の後遺症との関連性を探る研究をしている研究者もいる。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/071800385/
中公新書 死ぬということ――医学的に、実務的に、文学的に
黒木登志夫【著】
【目次】
はじめに
第1章 人はみな、老いて死んでいく
第2章 世界最長寿国、日本
第3章 ピンピンと長生きする
第4章 半数以上の人が罹るがん
第5章 突然死が恐ろしい循環器疾患
第6章 合併症が怖い糖尿病
第7章 受け入れざるを得ない認知症
『死ぬということ――医学的に、実務的に、文学的に』
黒木登志夫/著 中央公論新社 2024年発行
「死ぬということ」は、いくら考えても分からない。自分がいなくなるということが分からないのだ。生死という大テーマを哲学や宗教の立場から解説した本は多いが、本書は医学者が記した、初めての医学的生死論である。といっても、内容は分かりやすい。事実に基づきつつ、数多くの短歌や映画を紹介しながら、ユーモアを交えてやさしく語る。加えて、介護施設や遺品整理など、実務的な情報も豊富な、必読の書である。
第8章 老衰死、自然な死 より
2 老衰死を知る
老衰死は9人に1人
新聞の死亡欄を見ていると、老衰による死亡が非常に多いのに気がつく。ノーベル文学賞受賞者の大江健三郎も88歳で老衰により亡くなった。第二次世界大戦後の日本のワースト4の死因の推移にみるように、老衰死は2005年ごろから急速に増加し、2010年代の後半には、脳血管疾患を抜いて第3位になった。
高齢者の病態
老衰は後述するように日本でしか認定されていないが、高齢者の病態として、次の3つの用語が国際帝にも広く使われている。
フレイル(Frail)
老化により、様々な生理機能がおち、体力が落ちてくることをいう(なお、日本で名詞として使われているfrailは形容詞である。名詞はfrailty。フレイル状態になると、体重が減少し、体力が落ち、転びやすく、様々なリスクに対する抵抗性がなくなる。老人が熱中症のなりやすく、コロナ感染による死亡リスクが高いのも、フレイルにひとつの表れである。フレイルになると要介護認定が高くなる。フレイルは日本語で言えば「老化による虚弱」「老衰」にあたる。私は、日本語の老衰の英語名としてElderly frailtyを提案している。
サルコペニア(Sarcopenia)
サルコペニアは老化に伴う筋力の低下のことである。同じような意味で、骨粗しょう症は老化に伴う骨の脆弱性である。このふたつは、転倒から骨折という結果を招くことになり、老人の生活の質を大きく損なうことになる(コラム8-2)。筋合成に関わるサイトカイン、骨の生成に関わるホルモンがその背景にある。
カヘキシー(消耗症疾群、悪液質)
がん、心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎疾患、エイズなどの感染症でも、終末期は著しい体重減少、筋肉の消耗を伴う。がんの場合カヘキシー(Cachexy、悪液質)と呼ばれている。がん細胞が何か毒性物質を分泌すると考えられていたが、いまでは、炎症性サイトカインのよる、一種の「サイトカインの嵐」症候群と考えられている。食べられなくなり、痩せてくるのは多くの疾患に共通した終末期の症状である。
3 なぜ老衰死が増えたのか
「老」+「衰」
老衰を死亡原因として認めていないWHOにも言い分があるはずだ。第1に老衰にははっきりした診断基準がないことである。上述の厚労省の基準も除外診断、つまり他の病気がないとわかったときに老衰と診断できることである。それに、高齢者だけでは死なないのも確かである。
見逃されてきた寿命死
老衰死を考えているうちに、私は、本質的な死亡原因が見落とされているのに気がついた。それは、寿命に到達したために死ぬ。第3の死亡原因である。すなわち、
①病死
②事故死
③寿命死
生物にはそれぞれ固有の寿命がある。生物は寿命に到達すると死ぬのか。「寿命死」のなかには老衰死が含まれるであろう。もっとも本質的な問題である「寿命死」が見逃されてきたのだ。これについては、最後に、終章「人はなぜ死ぬのか」で考察することにする。
高齢になり、身体が衰弱してくると、さまざまな不都合なことが起こる。その代表が、誤嚥性肺炎と骨折である。老衰とは別なテーマであるので、コラムとして書くことにする。
【コラム8-1】 誤嚥性肺炎はなぜ高齢者に多いのか
症例8-4 誤嚥性肺炎より死亡
イラストレーターの永沢まことは、開成中学高校の新聞部以来74年にわたる私の親友である。
永沢が先生の似顔絵を描き、私は記事を書いた。大学を卒業してからも彼はイラストレーターとして活躍し、私の何册かの本にもイラストを描いてくれた。2020年頃、彼はリウマチを患い、指が思うように動かなくなっていたが、無理を言って『知的文章術入門』にイラストを描いてもらった。それが彼のイラストの最後となった。彼の描いた入院生活のイラストは看護師さんたちの評判になった。
彼は予断を許さない状態になった。リウマチによる器質化肺炎を併発し、さらに誤嚥性肺炎が加わった。亡くなる3日前に彼を見舞っが、苦しい苦しいという彼の手を握るほかなかった。私と1日違いの誕生日を楽しみにしていた彼はその1日前に86歳で亡くなった。
【コラム8-2】 骨折
高齢になると、筋肉が落ち、骨はもろくなる。特に骨粗しょう症になりやすい女性にとって、骨折は生活の質(ときには命)に大きく影響する重大な「合併症」である。そのことはよく知っていたが、骨折、それも信じられないような重症の骨折が1番の身内に起こるなど予想もできなかった。
症例8-5 大腿骨頸頭部骨折
私の妻は、コロナ禍と時を同じくして、タウ・オ・パチーという進行の遅い認知症になった。記憶力に問題はあったものの、それなりに2人で平和に暮らしていた。高校生の頃はソフトボールの選手であったし、当時としては体格のよい彼女が骨折するなど、家族はあまり考えていなかった。彼女が、91歳のとき、タクシーに乗る際、縁石につまずいて転び、大腿骨頸頭部を骨折した。メタルの骨頭で置き換える手術を受け、さらにリハビリ病院でリハビリを受けた。まだ車椅子が必要な状態で、介護付き高齢者ホームに入所し、介護を受けながらリハビリを続け、ようやく車椅子を卒業することができたところであった。
これで安心と思った。ところが夜間に起きて転倒し、同じ骨折部をまた骨折したのである。今度は最初の骨折以上に重症であった。骨折直後の2日間は意識がなく、私は最期を覚悟したほどであった。転倒前後の貧血の程度から計算したところ、840mlもの出血量であった。輸血により、少しずつ意識が戻ってきた。ところが、退院の4日前にレントゲンを撮ったところ、骨折部位がさらに広がり、「く」の字に折れ、骨端は皮膚を突き破りかねない状態にまでなっていた。写真を見た私は余りのひどさに驚いた。
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現在、介護施設に入所中である。