じじぃの「カオス・地球_346_林宏文・TSMC・はじめに」

著者と語る『TSMC 世界を動かすヒミツ』 経済ジャーナリスト 林宏文さん 2024.4.25

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=c26fQoTLD7A


モリス・チャン氏

「アジアの未来」2005 NIKKEI NET
●台湾半導体の父、新事業形態生む
台湾の半導体最大手、TSMC(台湾積体電路製造)の事実上の創業者で1987年から経営を指揮し続ける。
顧客企業の希望通りに大規模集積回路LSI)を受託生産する「ファウンドリー」と呼ぶ事業形態を編み出し、半導体業界に定着させた。「台湾半導体の父」と呼ばれる。
https://www.nikkei.co.jp/hensei/asia2005/speaker/morisu.html

TSMC 世界を動かすヒミツ

【目次】

はじめに――TSMCと台湾半導体産業のリアル

序章 きらめくチップアイランド
第1章 TSMCのはじまりと戦略
第2章 TSMCの経営とマネジメント
第3章 TSMCの文化とDNA
第4章 TSMCの研究開発
第5章 半導体戦争、そして台湾と日本

                    • -

TSMC 世界を動かすヒミツ』

林宏文/著、牧髙光里/訳、野嶋剛/監修 CCCメディアハウス 2024年発行

2024年の熊本工場(JASM)始動と第2工場の建設決定で、注目が高まるTSMC。創業時からTSMCの取材を続け、創業者モリス・チャンのインタビュー実績もある台湾人ジャーナリストが、超秘密主義の企業のベールを剥がす。
(以下文中の、強調印字は筆者による)

はじめに――TSMCと台湾半導体産業のリアル より

2023年7月にこの本を台湾で上梓したとき、半導体に関する本は巷にあふれているのに、なんでまた執筆を思い立ったのかと何人もの方から尋ねられた。

そのたびに私は、米国や日本などの研究者、評論家が書いた本は数多くあるが、国際政治や米中問題、半導体戦争を切り口にしたものが多く、企業と産業の発展という視点から分析した本が少なかったからだと答えた。TSMC半導体産業を30年取材してきた私の経験を通じて、より市場に密着した観点と、日米の専門家とは少し違った視点から見た台湾の姿を、日本の皆様にお伝えできればと思っている。

ありがたいことに本書は、台湾で多くの反響を呼んだ。そのおかげでメディアに取り上げられる機会が増え、私はよく、この本は台湾だけでなく世界各国で出版されるべきだとお話している。多くの国は今、地政学的影響を受けながら、業界の自主決定やサプライチェーンレジリエンス(危機から立ち直る力)などから生じたニーズによって、半導体への投資を必要とし、その投資額や政府の補助金は数十億から数百億ドルに上ることもある。こうした巨大投資プロジェクトで成果を出し、巨額の資金を無駄にしないためには、TSMCと台湾半導体産業が過去に重ねた努力や、幾度ものトライアルアンドエラーを経てようやく迎えた今の局面をよく研究し、理解を深める必要があるのではないかと私には思えるのだ。

こうした国のなかでも日本は大きな影響力を持つ国の1つだ。TSMCソニーデンソーが熊本に設立した合弁会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)は2024年には量産開始する予定だ。この計画はTSMCが先進国で行う海外展開のなかでも最もスピーディに進められ、最も成功する事業になる可能性が高い。だがそれよりも重要なことは、日本と台湾が半導体分野で協力して最高のかたちで優位性を補完し合い、将来的には世界の半導体同盟のなかでとりわけパワフルな役割を演じるようになることだと私は考えている。日本の読者の皆様にとって、本書は必読の書になると自負している。

TSMC創業者モリス・チャンとの会話

本書には過去のメモを探し出してTSMCの成功の背後にあるストーリー――TSMC創業者モリス・チャン(張忠謀、ちょう ちゅうぼう)のマネジメント哲学、競争と事業や企業文化の戦略、地政学的観点から見た日本や米国との投資計画と連携、世界的な半導体競争の趨勢(すうせい)、世界の半導体産業のなかの台湾の重要性をまとめた。読者の方々が過去と現在、そして未来を理解するための一助となれば幸いだ。

執筆中、モリス・チャンにインタビューしたときの数々のできごとを思い起こしたが、私がまだ駆け出しの記者だった1993年の取材が一番印象に残っている。上場前のTSMCの執務室で、モリス・チャンはリラックスした様子でインタビューに応じた。新米記者だった私は必死に下調べをして取材に臨み、モリス・チャンもまた、私のすべての質問に真摯に答えてくれた。取材を終えるとモリス・チャンはパイプをくゆらせながら、普段取り入れている運動のことやハーバードでの学生時代のこと――たとえば新入生の100メートル水泳テストに苦労して合格したときの話などを交えながら、とりとめのない雑談に興じた。

30年前のあの日の午後、傾きかけた日差しがオフィスに差し込んで、パイプから立ち上る煙を照らしていた。あのときの私は、その親切な男性が一流の企業家として世界に名を馳せることになるとは、そしてTSMCがこれほど成長するとは思いもしなかった。ましてや、自分自身がそのときから台湾半導体産業の激動の30年に関わり、台湾というこのチップアイランドが燦然(さんぜん)と輝くのをこの目で見ることになるとも想像していなかった。

台湾にモリス・チャンがいて、TSMCがあり、半導体という「護国群山」[東から来る台風から台湾を守ってくれる中央山脈とその周辺の山々を「護国群山」という。転じて、台湾の最重要産業となり、戦略的にも重要度を増した半導体および半導体産業を指すようになった。そのなかでも突出した存在のTSMCを「護国神山」と呼ぶ]がそびえている。これは台湾にとって幸運なことだ。そして私もこの30年の歴史に関わる機会を得ただけでなく、台湾と日本の皆様にそれらをご紹介するため、今こうしてこの本を執筆する機会にも恵まれた。本当にありがたいことである。

日本語の出版にあたり、日本の読者に向けて台湾版の内容に大幅に手を加えたため、何か抜け落ちてしまった情報があるかもしれない。お気付きの際は、ご指摘いただけると幸いだ。

日本は台湾に先駆けて半導体産業を発展させた先進国だ。そして、米中対立による半導体戦争にあっても、日本と台湾は産業配置をほぼ完全に補完し合っているため、両国のパートナーシップはこれからも進展していくだろう。本書が日本の皆さまに多くのインスピレーションを与え、それぞれの企業にふさわしい経営・マネジメント方法をお伝えできるものになると信じているが、それよりも地政学的な観点から、そして世界の半導体産業の再編成後に、日本が勝利への道を新たに見出せるようになることのほうが、より重要だと考えている。