じじぃの「カオス・地球_290_気候を操作する・第8章・オックスフォード原則」

Geoengineering: The Riskiest Way to Save the Planet

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=daZJfy7TKYk

Oxford Geoengineering Programme


Geoengineering

The Oxford Uehiro Centre for Practical Ethics
●Why is it important?
Geoengineering is the deliberate, large-scale intervention in the Earth’s natural systems to address climate change. Although we believe that society’s first priority should be to reduce global carbon emissions, in dealing with climate change it may be wise to consider geoengineering the climate to reduce the harmful levels of carbon dioxide in the atmosphere.
https://www.practicalethics.ox.ac.uk/geoengineering

気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」

【目次】
はじめに
第1章 深刻化する気候変動
第2章 不十分な対策と気候工学の必要性
第3章 気候工学とは何か―分類と歴史
第4章 CO2除去(CDR)
第5章 地域的介入
第6章 放射改変(SRM
第7章 放射改変の研究開発―屋外実験と技術

第8章 ガバナンス

第9章 人々は気候工学についてどう思うか
第10章 日本の役割

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『気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」』

杉山昌広/著 KADOKAWA 2021年発行

第8章 ガバナンス より

気候工学研究に適用されるオックスフォード原則
ガバナンスについて、法的な枠組み以外にも様々な取り組みがなされています。特に有名なのはオックスフォード原則と呼ばれる倫理原則です。第3章で書いたように、2009年にはイギリス王立協会から重要な気候工学の報告が発表されました。この報告書を受けて、報告書の執筆者の1人であったオックスフォード大学のスティーブ・レイナー教授らは、イギリスの議会の要請に応じて、2009年に気候工学研究に関する原則について提案をしました。少し話がそれますが、レイナー教授は、気候変動問題では気候工学に限らず科学と政治の交錯する領域において多くの功績を残しています。残念ながら彼は2020年1月に他界しましたが、気候変動に関して何か新しいアイデアを思い付いたら、25年前にレイナー教授が既に書物に書いているといわれるほどでした。

さて、オックスフォード原則は次の5原則からなります。

1.気候工学の公共財としてのガバナンス
2.気候工学の意思決定への公衆参加
3.気候工学研究の情報開示と結果の公表
4.影響の独立した評価
5.実施麺のガバナンス
(原文では「ジオエンジニアリング」が用いられていますが、ここでは気候工学としました)
   
どの原則も簡潔ですが、技術によって解釈を変える必要性があります。

原則1は、気候工学は人類全体や生態系のために使うものであり、そのため公共的な目的で規制が整備されるべきということです。特にCO2除去については、第4章で述べたようなクライムワークスといった私的な営利企業が参入できるようにすることが必要ですが、放射改変については私企業の関与は限定されるべきだと解釈できます。

原則2は、気候工学については、一般市民やステークホルダーなどそれによって影響を受ける人々が意思決定に参加すべきということです。全世界の気温を直接的に低下させる放射改変は潜在的には全世界の人が対象になりますが、CO2直接空気回収プラントは、その周りの地域住民や、近隣国の国民ぐらいが範囲になるでしょう。

原則3は、研究計画などを一般に広く情報開示し、悪い結果も含めてすべて公開すべきということです。研究プロジェクトの透明性を高めていく必要性を主張しています。
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米国ハーバード大学スコーペックス研究プロジェクト
第7章で説明したハーバード大学の研究プロジェクト、スコーペックスでも、ガバナンスの仕組みを設けています。2キログラム程度のエアロゾル成層圏に散布するという研究プロジェクト自体に諮問委員会を設けて、どのように研究を効率的に進められるか、市民との対話といったガバナンスをどのように適切なものにできるか、といったアドバイスをうけています。放射改変が論争的であることを踏まえて、研究を最終的に進めるべきかどうかについても、諮問委員会から助言を受けることになっています。

諮問委員会の委員長はルイーズ・ベーズワース博士でした。彼女の本職はカリフォルニア州の戦略的成長評議会の事務局長で、長年カリフォルニア州の気候変動政策について携わってきました。メンバーの構成としては、政策の専門家、気候工学の専門家、ガバナンスの専門家、シナリオの専門家などが含まれます。ただ、基本的にはアメリカの中心に人選になっています。
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自然科学者や工学者の中には、たかが2キログラムの物質を成層圏に撒(ま)くことについて、なぜここまで慎重な対応を取らなければならないのか、疑問に思う方もいるかもしれません。実験を主導するキース教授とコイチュ教授は、おそらくこのプロジェクトだけを考えているわけではないのでしょう。今後このような研究プロジェクトが増えるケースも考えて、どのように適切な形のガバナンスを進めていくか、そのモデルケースになるように慎重に進めているのだと思われます。

しかし、残念ながら本稿執筆時点で、諮問委員会の委員長の辞任のニュースが入ってきました。カリフォルニア州の政府高官が諮問委員会の委員長を務めているということで、カリフォルニア州が公式に放射改変を支持しているように受け取られる懸念が出てきたため、というのが理由のようです。成層圏エアロゾル注入にまつわる議論の厳しさを感じさせるエピソードです。