じじぃの「カオス・地球_288_気候を操作する・第6章・放射改変(SRM)」

観測装置による「雲エアロゾル放射ミッション」EarthCARE衛星の観測イメージ

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XTzOPB5HOBo

太陽放射改変


【最近の研究成果】気候工学による日射量調節が生態系機能に与える影響

2017年6月号 地球環境研究センター
●気候工学 対策の種類
成層圏へのエアロゾル注入により、陸域の平均温度上昇はある程度まで抑えられるが、その代わりに地上での日射量は減衰し、降水量が減少する地域も現れた。
陸域植生の光合成によるCO2定量への大きな影響は起こらなかったが、温度の効果で呼吸量が抑えられ、結果的に日射量調節を行わなかった場合と比較して陸域へのCO2定量が増加することが分かった。ただし、エアロゾルによる日射量調節を停止すると、温度上昇による呼吸増加で固定された炭素の大部分が急速に放出されていた。また、日射量調節を行わない場合よりも降水量は少ない傾向となり、それが生態系から河川に流出する水量の抑制につながっていた。
https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201706/318005.html

気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」

【目次】
はじめに
第1章 深刻化する気候変動
第2章 不十分な対策と気候工学の必要性
第3章 気候工学とは何か―分類と歴史
第4章 CO2除去(CDR)
第5章 地域的介入

第6章 放射改変(SRM

第7章 放射改変の研究開発―屋外実験と技術
第8章 ガバナンス
第9章 人々は気候工学についてどう思うか
第10章 日本の役割

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『気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」』

杉山昌広/著 KADOKAWA 2021年発行

第6章 放射改変(SRM) より

反射する場所によって分類される放射改変
今までCO2除去と地域介入について述べてきましたが、これからは放射改変について述べます。まずは概要です。

太陽放射改変は、名前の通り太陽光に関する技術です。太陽光を宇宙に反射して地球に入るエネルギーを減らすことで地球を冷却します。曇りの日は晴れの日より気温が低いですが、簡単に言ってしまえば、これは太陽からのエネルギーが減っているからです。放射改変はこれと同じ原理に基づきます。ただし、曇らせるといっても普通の天気と程度が違います。現在ではCO2の大気中濃度が産業革命以前に比べて約1.4倍(0.028%から0.04%程度に)増えていて、これによって気候システムは(CO2に限れば)面積1平方メートルあたり1.9ワットのエネルギーを産業革命以前に比べて多く受け取っています。この受け取るエネルギーの増加(正確には宇宙に出ていかないエネルギー)が地球温暖化の原因です。太陽からのエネルギーは1平方メートルあたり340ワットぐらいですから、0.56%程度反射すれば、このエネルギーの増加を相殺できます。なお、放射と言う単語が入っていますが、いわゆる放射能などと関係はないことに気を付けてください。

太陽放射改変は、太陽光を反射する場所で分類ができます。地球から遠いところから順に言えば、宇宙太陽光シールド、成層圏エアロゾル注入、雲の白色化、地表面の屋根の反射率の増加があります。太陽光あ気候システムに入り込むのを遮るという意味では、みな共通性がありますが、科学技術的な側面、効果・副作用などは大きく違います。

使い方次第で気候変動の影響を大幅に和らげる可能性
2019年にデビット・キース教授はピーター・アーバイン博士らと、放射改変を抑制的に利用する場合の分析の論文を、国際学術誌『ネイチャー・クライメット・チェンジ』に公表しました。台風・熱帯低気圧の理論の国際的権威である、マサチューセッツ工科大学のケリー・エマニュエル教授も著者の1人であったこともあり、注目を呼んだ論文です(気候工学とは関係ありませんが、私は留学中、エマニュエル教授に博士論文委員会に加わっていただき指導を受けていました)。
この論文では、成層圏エアロゾル注入を使って、気温上昇を産業革命以前に戻すのではなく、気温上昇を半分に抑えるようにしました。CO2濃度が産業革命以前に比べて2倍になり地球温暖化が進んだ仮想地球と、気温上昇を放射改変で半分に抑えた仮想地球を比較するのです。この論文では気候工学モデル相互比較プロジェクト GeoMIP(Geoengineering Model IntercomparisonProject)の太陽光を減少させるシミュレーションの結果と、解像度の高いモデルの結果を組み合わせて解析しました。

その結果は驚くべきものです。地球温暖化の仮想地球に比べて、放射改変をした仮想地球の方が、気候は大幅に「改善」したのです。気候モデルでは、デジタルカメラの画素のように地球が表現されていることは第1章で書きましたが、それぞれの「画素」を見ると、地球温暖化の仮想地球より、放射改変を実施した仮想地球の方が、産業革命前の気候に近かったのです。これは平均気温、年最大気温については、ほとんど全ての世界中の箱で改善し、年平均の純降水量(降水量から蒸発量を差し引いたもの)、5日愛が降水量の年間最大値のそれぞれについても、30~40%の「画素」で改善が見られました。本書では幅広くモデルやシナリオを考えることの重要性を指摘してきましたが、アーバインはかせの論文ではGeoMIPを用いた複数のモデルでの分析も行っており、大筋同様な結果が得られています。

前節では成層圏エアロゾル注入による放射改変の問題をたくさん指摘しましたが、この節では放射改変のいい側面、より正確にいえば副作用の抑制について述べました。では、どちらが正しいでしょうか。

成層圏エアロゾル注入は、現在開発中の技術です。世の中には様々な技術があり、技術的な特性からして利権が集中するような技術もあれば、平等な世の中につながる技術もあるでしょう。
エネルギーでいえば、(新型の小型モジュラー炉を除いた)巨大な原子力発電所が前者、(巨大な洋上風力を除いた)分散型再生可能エネルギーは後者の例として挙げられます。ただ、成層圏エアロゾル注入は現時点では存在しない技術であり、またどのような社会的制度ができるかどうかも分かりません。言い換えれば、成層圏エアロゾル注入はこういう技術だ、ということが言い切れないのである。つまり、現在の科学的知見をもってしては、成層圏エアロゾル注入は「本質的に悪い技術である」とか、「本質的に副作用がない」などとは言うことができません。使い方の未来シナリオ次第で、成層圏エアロゾル注入はよい技術にも悪い技術にもなり得るのです。

終端問題も同様です。成層圏エアロゾル注入は、地球温暖化を100%相殺するための技術ではありません。そのような目的で使うこともできれば、地球温暖化を50%相殺するために使うこともできます。もちろん、使わないという選択もあります。成層圏エアロゾル注入が問題の解決につながるかどうかは、どのような技術を開発するか、どのように使うか、これらの詳細にも依存します。

もちろん、成層圏エアロゾル注入の研究開発やその実施は、社会的・政治的な制約が多数存在します。成層圏エアロゾル注入が気候のリスクを減らす重要な技術になるとしても、そのような方向で研究開発を進めることができるのでしょうか。これについてはガバナンスに関する章で詳しく検討したいと思います。