じじぃの「カオス・地球_287_気候を操作する・第5章・南極氷床の融解を遅らせる」

IPCC AR5: Process, Projections, and Predictions

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Xpz8H8jRbdg

気候工学


政策ビジョン研究センター/総合文化研究科 国際環境学教育機構(兼務) 准教授 杉山昌広

2019年3月19日 UTOKYO VOICES 045
●未来のシナリオを用いて地球温暖化対策の政策選択肢を中立的な立場で提示する
杉山の研究トピックで特に論争を呼ぶのが気候工学(ジオエンジニアリング)だ。
人工的に地球を冷やすという新たな対策は、地球温暖化問題で苦しむ人類にとって劇薬だ。気温低下をもたらす可能性もあるが、多大な副作用や社会的・倫理的な問題をつきつける。今後の気候工学ガバナンスを考える上で、国際的な枠組み作りが不可欠であり、環境をより良くするための政策も含めてどういう道筋で実行したらいいのかというシナリオ研究に取り組んでいる。
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/voices045.html

気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」

【目次】
はじめに
第1章 深刻化する気候変動
第2章 不十分な対策と気候工学の必要性
第3章 気候工学とは何か―分類と歴史
第4章 CO2除去(CDR)

第5章 地域的介入

第6章 放射改変(SRM
第7章 放射改変の研究開発―屋外実験と技術
第8章 ガバナンス
第9章 人々は気候工学についてどう思うか
第10章 日本の役割

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『気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」』

杉山昌広/著 KADOKAWA 2021年発行

第5章 地域的介入 より

南極氷床の融解を遅らせる
CO2除去と放射改変は基本的に全世界的な気候冷却を目指すものですが、近年、地域的・局所的な技術にも関心が集まっています。ここでは幾つかの例を紹介します。

第1章で南極の氷床の融解について述べました。実は、この突き出した棚氷の融解のスピードを速めている1つの原因は、海の中の温かい水が、突き出した氷の下を溶かしているからです。
では、何らかの技術的な手段でこの温かい水を止めることができれば、西南極氷床の融解を遅らせることができるのではないでしょうか。

2018年に中国師範大学のジョン・ムーア教授らは、国際科学雑誌『ネイチャー』で、まさにそのような提案をしました。提案の1つは、温かい水が氷の塊に触れないように、海水の流れを妨げるためのダムを海底に作ることでした。ただ、南極の海底という極限の環境下での土木工事は流石に無理があるようで、その後、ダムではなくプラスチックのシートを設置するという提案に変りました。これは、魚など海洋生物が行き来できるように切れ目が入った海のカーテンになるといいます。これでも、コンピューター上のシミュレーションでは温かい水が入り込むのを大幅に減少できるといいます。

ただ、南極の氷床の融解が加速しているのは、温かい海水が流入することだけが理由ではありません。氷の表面に湖ができ、氷の割れ目から流れ込んで行くことで氷河の底部を溶かすというルートもあります。また、温かい海水がある場所に流入することが防げても、その海水は別の場所に行くわけであって、その結果、別の場所で副作用が起きる可能性もあるでしょう。

コロナ禍の最中に行われた実験
オーストラリア北東部のグレート・バリア・リーフ世界遺産にも登録されているこの壮大なサンゴ礁地帯は、世界遺産の範囲だけでも34万8千平方キロメートルという広大な面積になります。これはあまりにも大きいので、宇宙からでも観測できるほどです

しかし、残念ながらグレート・バリア・リーフ地球温暖化の影響で被害を受けています。海水が高温化すると、サンゴと共生している褐虫藻光合成が止まってしまいます。そうすると。サンゴが褐虫藻を放出してしまい、その結果サンゴの骨格が見えるようになって、白くなってしまうのです。これを白化現象と言います。これが長く続くと、サンゴは死んでしまいます。残念なことに、グレート・バリア・リーフでも白化現象の頻度と面積が広がってきています。過去5年間で、3回も大規模な白化現象が起きているのです。

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オーストラリア政府や科学者はこの事態を重く見ており、2018年にグレート・バリア・リーフを復元し、適応させるための研究プログラムを立ち上げました。このプログラムの初期段階では、偏見を持たずにまず幅広く技術的可能性を探したようで、160もの介入方法を検討し、そのうち43の手法が更なる検討に値すると結論づけました。掲げられた提案は繁殖期にサンゴを移動させて増やすことを促したり、人工ふ化をするようなものから、ゲノム編集をしてサンゴ自体を熱に強いものに変えていくといったものまで含まれていました。そして、その中の1つが、雲の白色化によってグレート・バリア・リーフを直接冷やすという手法です。これは放射改変の一種です。今まで放射改変は、基本的に地球全体の気温を低下させる技術させる技術として紹介してきましたが、地域的な気候に介入する技術として使うことも理論的には可能です。これをグレート・バリア・リーフで実施しようというのです。

仕組みはこうです。まず、雲の性質を変えるように海の塩粒などといった雲の凝結核を注入し、雲粒の数を増やすことで雲の粒径を小さくします。これによって、雲をより白くし反射率をさらに向上させます。海洋の船の航路を航空写真で見ると雲が白く見えることがありますが、船舶の排気ガスで同様な効果が起きているのです。

2020年3月、この雲の白色化の技術について、実証実験が行なわれました。ダニエル・ハリソン博士(サザン・クロス大学)が率いるこのプロジェクトは、予定であれば世界中から研究者が集まり一緒に実験を行うところでしたが、コロナ禍の最中のため、ごく限られた関係者のみの寂しい船出となりました。

実験内容は極めてシンプルでした。高速で動くファンで海水を巻き上げるのです。フィルターを通して海水を小さくするうちに水分は蒸発し、数兆個ものナノ・メートルサイズの塩の粒子が巻き上げられることになります。理論的には塩の粒子は雲粒の粒子数を増やし、これによって雲に性質を変えることで反射率を増やすことができるとされています。この時は、5キロメートル離れたところで観測していた船で、ミストができて届いたことを確認したとのことでした。

グレート・バリア・リーフはオーストラリア人にとって誇りです。世界遺産でもあり、観光収入の大きな源泉でもあります。この放射改変手法は、私の見方では気候工学に分類するべきですし、非常に論争的なものです。しかし、ホームページ上では「復元と適応」(restoration and adaptation)という言葉で呼ばれています。当初は特に批判もなく実験は静かに実施されましたが、実験の実施から1ヵ月半たった5月に、国際的な環境NGOから反対意見がありました。反対意見を中心的にまとめたのは、カナダに本部があるETCグループという団体です。彼らによれば、今回の実験は、科学的に正当な実験以外は禁止を求めている「生物多様性条約」に違反しているとのことでした。生物多様性の気候工学に関する決定の解釈は専門的な議論があり、私としてはそれほど強い主張には思えませんが、いずれにせよ、今後も議論が続くように思います。