第四回(気候変動シナリオ編):杉山昌広 国際的な気候変動シナリオ研究の動向
気候工学
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SFじゃない!温暖化対策で地球を冷やす「気候工学」
Tech総研 杉山昌広
●成層圏に硫酸のエアロゾルを散布して、地球を冷やす
人は昔から「気候を変えたい」という願望を持っていた。顕著な例が雨を降らせる「雨乞い」であり、現在でも人工降雨の研究や実験は世界各国で行われている。だが、近年注目されている「ジオエンジニアリング」(気候工学)は、「地球温暖化対策」であることが特徴だ。
簡単に説明すれば、太陽から地球に入るエネルギーと地球から出ていくエネルギーが同量であれば、地球の温度は変わらない。二酸化炭素や水蒸気などの温室効果ガスが地球から放出されるエネルギーを遮っているので、気温が徐々に上がっているのだ。
そこで、気候工学は主に2つのアプローチを持つ。入るエネルギーを減らすか、出ていくエネルギーを増やすかである。
前者が、太陽光を反射させて入射するエネルギーを減少させ、地球の温度を低下させる「太陽放射管理」(Solar Radiation Management:SRM)。後者が、二酸化炭素を吸収して大気中の二酸化炭素濃度を下げ、放射エネルギーを増やす「二酸化炭素除去」(Carbon. Dioxide Removal:CDR)である。
https://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=002167
気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」
【目次】
はじめに
第1章 深刻化する気候変動
第2章 不十分な対策と気候工学の必要性
第3章 気候工学とは何か―分類と歴史
第4章 CO2除去(CDR)
第5章 地域的介入
第6章 放射改変(SRM)
第7章 放射改変の研究開発―屋外実験と技術
第8章 ガバナンス
第9章 人々は気候工学についてどう思うか
第10章 日本の役割
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『気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」』
杉山昌広/著 KADOKAWA 2021年発行
第3章 気候工学とは何か―分類と歴史 より
気候工学=気候システムへの大規模・人為的介入
気候変動の危機は差し迫ってきていること、また新たな対策が必要とされていることについては、少し実感いただけたかと思います。この章ではいよいよ本書の主題である気候工学の概要を解説します。
そもそも気候工学とは何なのでしょうか。本書では「人工的に直接的に気候システムに介入して、地球温暖化対策とすること」と定義します。英語ではジオエンジニアリング(geoengineeringまたはgeo-engineering)といったりclimate engineering、climate geoengineeringなどといったりします。実は、イギリス王立協会が2009年に公表した影響力のある報告書のタイトルはこれでした。
気候工学は著者が推奨している言葉です。もちろん、気候工学はclimate engineeringの日本語訳です。英語ですとgeoengineeringの方が使われることが多いかもしれませんが、地球工学は地盤工学のような意味合いに使われることもあり、日本語としては気候工学の方が正確で誤解がないと思っています。アメリカ政府では最近climate intervention(気候介入)が使われるようなので、こちらも目にする機会が増えるかもしれません。
気候工学は様々な手法の総称で、主に太陽放射改変とCO2除去に分けられます。この違いを説明するために、地球温暖化の起きる仕組みと対策の全体像を踏まえ、気候工学を位置づけてみます。
地球温暖化は大気中に排出されたCO2などの温室効果ガスによって起こります。したがって、まず温室効果ガスの排出事態を減らせば地球温暖化は抑制できます。この排出削減のことを専門用語で緩和策と呼びます。温室効果ガスの排出は、少なくとも日本の場合はほとんどが化石燃料起源なので、その対策としては、ガソリン車を(きれいな電気に基づいた)電気自動車に転換したり、発電技術を石炭火力発電から太陽光発電や風力発電に換えたり、石炭火力発電所にCO2を回収する技術を装着したりするなどといったものが考えられます。
一度大気に出てしまったCO2は、例えば木を植えるなどすれば大気から回収することができます。これがCO2除去(CDR)/炭素除去です。化学工学的な回収を行ったり、海洋で栄養素を撒(ま)いて光合成を促進したり、大規模に植林を行ったりすればCO2の濃度を下げることができます。CO2除去は効果が発揮されるのに数十年規模という長期の時間がかかり、総じて一般的な緩和策に比べてコストが高いですが、気候変動の原因であるCO2自体を除去します。
また、CO2や温室効果ガスの大気中濃度が上がっても、太陽光のエネルギーを減らせば地球を冷やすことができます。これが太陽放射改変(SRM)です。SRMには非常に安価な技術があり、1~2年と効果が現われのが速いですが、気候変動を完全に相殺することはできず、その点で不完全です。また、ガバナンスなど様々な社会的な問題があります。本書では以下「放射改変」と呼ぶことにします。
気候工学は、これらCO2除去と放射改変の総称として使われます。ただ、CO2除去と放射改変は科学的なメカニズムや社会的問題、またその対処法が大きく違うので、最近IPCCでは気候工学という言葉を避ける傾向にあります。
大気に出て蓄積されたCO2などの温室効果ガスは、地球全体の気温を上昇させます。しかし、人間社会が変化する気候の影響をそのまま受ける必要はありません。例えば、豪雨が強くなるのが分かっていれば、堤防のかさ上げをしたり移住したりすればよいわけです。このように、変化する気候に人間社会や経済が対応して被害を軽減することを適応とよびます。しかし、適応にもコストや時間がかかります。どの自治体でも堤防をかさ上げできないですし、移住が難しい場合もあるでしょう。
IPCC報告書で主流化したCCS付きバイオマス・エネルギー
CO2除去のもう1つの技術、CCS付きバイオマス・エネルギー(bioenergy with CCS. BECCS)は少し違った文脈から登場します。木材や廃棄物などのバイオマスを発電や自動車などの燃料に利用するバイオマス・エネルギーは、長年にわたって地球温暖化対策に貢献することが認識されてきました。バイオマスバイオマスを燃焼させてエネルギーとして使う場合にはCO2が出ますが、このCO2の中の炭素分は光合成で大気から吸収されたものであり、燃やしてももともと大気にあったCO2が大気に戻るだけなので、差し引きゼロだからです。一方で化石燃料を環境にやさしい形で使うCCSも国際的に関心を集めてきました。
CCSは大規模発電所や鉄鋼を生産する高炉などの煙突にCO2を回収する装置を設置し、CO2のみ空気から分離し、圧縮して地中に埋める技術です。国際的な科学期間であるIPCCを見ても、後者については2005年に、前者については(バイオマスに限らず広く再生可能エネルギーについて)2011年に特別報告者が公表されています。
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2014年のIPCCの第5次評価報告書でも、CCS付きバイオマス・エネルギーが大量に利用され、21世紀後半に大気からCO2を回収するシナリオが多く描かれることになりました。
これ以降、CCS付きバイオマス・エネルギーについて、論争が起きることになります。例えば、エネルギー用のバイオマスの生産が進むと、食料生産や生物多様性に悪影響が及ぶ懸念が指摘されています。また、21世紀後半のCO2除去は、本来の地球温暖化対策の先送りだという指摘もあります。さらに、社会的な問題の認識と同時に、研究開発の必要性も指摘されています。それを受けて、全米科学アカデミーでは2019年にCO2除去の研究開発戦略を公表し、そこではCCS付きバイオマス・エネルギーにも紙面を多く割いています。
なお、気候工学とは異なりますが、似たような概念にテラフォーミングがあります。テラはラテン語で土や大地、地球を意味し、フォーミングは形式という意味ですから、地球形成という意味です。
1961年にカール・セーガン博士が国際科学誌『サイエンス』で金星の解説を買いたときに、その末尾に金星を人間が住めるように「地球化」(地球のように金星を変えてしまう)するというアイデアを提案し、それ以降科学者の間でも議論されるようになってきました。(セーガン博士自身は「惑星工学 planetary engineering」という言葉を使っていました)。テラフォーミング研究の面白いところは、倫理的な研究などが早い段階から始まっていたことです。気候工学研究は、2000年代になるまで圧倒的に科学技術検討にとどまっていました。いまのところ主流とは呼べない研究領域ですが、各国で宇宙開発への関心が高まる中、今後よりテラフォーミングに関心が集まるかもしれません。