じじぃの「カオス・地球_209_免疫超入門・第3章・mRNAワクチン」

アニメで分かる免疫とワクチン 第2話「mRNAワクチンの役割」

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=nsI1TvXIHoE

図3-5 mRNAワクチンによる免疫活性化


はじめは、だれも見向きもしなかったのに…mRNAワクチンのカギは「自然免疫を活性化しすぎず」しかも「壊れない」

2023.12.11 吉村昭

1985年、30歳の1人の女性化学者がハンガリーから追われるようにアメリカのフィラデルフィアに渡ってきました。彼女は娘のテディベアに全財産の1000ドルを忍ばせていたそうです。
彼女の名前はカタリン・カリコ。メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの生みの親として、今では広く知られている人です。カリコ博士は2023年、アメリカ・ペンシルベニア大学で共に研究していたドリュー・ワイスマン博士とノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
今回は、2人が開発に携わった「mRNAワクチン」は、それまでのワクチンとは違う、まったく新しいタイプのものと言われています。いったい、mRNAワクチンの何が新しいのか、mRNAワクチンについての解説をお届けします。
https://gendai.media/articles/-/120264?page=1&imp=0

サイトカインストーム

実験医学online より
感染症や薬剤投与などの原因により,血中サイトカイン(IL-1,IL-6,TNF-αなど)の異常上昇が起こり,その作用が全身に及ぶ結果,好中球の活性化,血液凝固機構活性化,血管拡張などを介して,ショック・播種性血管内凝固症候群(DIC)・多臓器不全にまで進行する。
この状態をサイトカインストーム(cytokine storm)という。

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免疫「超」入門 「がん」「老化」「脳」のカギも握る、すごいシステム

【目次】
第1章 人類の宿命・病原体と免疫の戦い
第2章 ヒトに備わった、5つの感染防御機構

第3章 病原体との攻防

第4章 自己を攻撃する免疫――アレルギーはなぜ起こるのか
第5章 炎症とサイトカイン――さまざまな病気と免疫
第6章 免疫とがん
第7章 老化を免疫で止められるか
第8章 脳と免疫の深い関係

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免疫「超」入門 「がん」「老化」「脳」のカギも握る、すごいシステム

吉村昭彦/著 ブルーバックス 2023年発行

パンデミックによって感染症や免疫に関する情報を目にすることが多くなり、私たちの知識も増えたように見える。ただ、そこで出てきた情報は、曖昧なものや誤った情報、感情的なものなどもあり、玉石混淆ともいえる。
本書ではあらためて、ウイルスなどの病原体がどのように感染を起こし、免疫がどのように働くのか、その複雑なしくみを、基本から正しくわかりやすく解説する。

第3章 病原体との攻防 より

ワクチンは世界を救うと期待されたが
世界の感染者数、死亡者数が増加する中で、ワクチンは新型コロナウイルス感染症パンデミック(世界的大流行)を収束させる切り札だと考えられてきました。

ワクチンは、18世紀にエドワード・ジェンナーが種痘によって天然痘を防ぐことを考案したことから始まります。これを普遍化したのが、フランスの細菌学者ルイ・パスツールです。パスツールは、病原体を弱毒化することで多くの病原体に適用できる「弱毒生ワクチン」の手法を確立しました。
ただし、ワクチンに使える弱毒変異株は常に得られるわけではなく、強毒に戻ってしまう可能性もあります。そこで病原体を殺して投与する「不活化ワクチン」や、病原体のタンパク質の一部を投与する「コンポーネントワクチン」が考案されました。

ワクチンによる感染防御の主体は、抗体とキラーT細胞です。またB細胞に優れた抗体をつくらせるためにはヘルパーT細胞も欠かせません。これらの細胞は獲得免疫(感染した病原体を特異的に見分け、それを記憶することで、同じ病原体に出会った時に効果的に病原体を排除できる仕組み)の主役たちですが、獲得免疫を誘導するには自然免疫(マクロファージ、樹状細胞、好中球といった貪食細胞は、細菌などの細胞外の抗原を取り込んで処理する)を活性化する必要があります。
精製したタンパク質成分だけのコンポーネントワクチンは、自然免疫を活性化できません。そのためコンポーネントワクチンは、「アジュバント」と呼ばれる自然免疫を活性化する物質を加えて投与します。

例えば、子宮頸がんワクチン(ヒトパピローマウイルスワクチン)は、ウイルスの殻のタンパク質成分だけを投与するコンポーネントワクチンであるため、アジュバントとしてトル様受容体4(TLR4)を活性化する脂質が含まれています。
TLRは、細胞の表面や細胞内にある小胞の表面などに発現している病原体センサーです。いくつか種類があり、TLR3やTLR7はウイルスの核酸を認識します。TLR4は、主に細菌の細胞膜に存在する糖タンパク質や脂質を認識し、自然免疫を活性化します。
不活化ワクチンには脂質や核酸などウイルス成分が入っていて、それらが自然免疫を活性化する効果を持つので、アジュバントを加えずに投与可能です。

B細胞は抗原となるワクチン由来のタンパク質を認識して活性化されます。一方、ワクチンの投与によって活性化された自然免疫細胞、特に樹状細胞は抗原を取り込みリンパ節まで移動します。
そして、抗原の一部をMHCに挟んで提示し、ナイーブT細胞を活性化してヘルパーT細胞とキラーT細胞への分化・増殖を誘導します。ヘルパーT細胞は、サイトカインを分泌してB細胞を活性化して抗体を産生するプラズマ細胞への分化・増殖を誘導したり、抗体がクラススイッチや親和性成熟を起こしたりするのを助けます。キラーT細胞は、感染細胞を破壊します。

まったく新しいタイプのmRNAワクチン
1985年、30歳の1人の女性化学者がハンガリーから追われるようにアメリカのフィラデルフィアに渡ってきました。彼女は娘のテディベアに全財産の1000ドルを忍ばせていたそうです。彼女の名前はカタリン・カリコ。メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの生みの親として、今では広く知られている人です。カリコ博士は2023年、アメリカ・ペンシルベニア大学で共に研究していたドリュー・ワイスマン博士とノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

カリコ博士は、mRNAを医薬品として使えるようにしようと研究を行っていました。しかしmRNAそのものを細胞に注入すると、細胞はそれを異物と認識して強い炎症反応を起こします。ウイルスが侵入してきたのと同じ状況です。
カリコ博士は、この炎症反応を回避する方法を開発したのですが、最初は誰もその重要性を理解してくれませんでした。研究費も削減され、またも研究員としての職を失いそうになりました。そんなとき、mRNAをがん治療に応用しようとしていたドイツのベンチャー企業、ビオンテックから誘いを受け、ドイツに渡って副社長として研究を続けることになりました。

これまでは、弱毒化した病原体や、不活化した病原体、あるいは精製した抗原タンパク質にアジュバントを加えたものが、ワクチンとして使われてきました。
新型コロナウイルスに対して、ファイザー社とビオンテック社が共同開発したワクチン、またモデルナ社が開発したワクチンは、「mRNAワクチン」というまったく新しいタイプのものです。これを解説するとなるとそれだけで1冊の書物になるので、本書ではそのさわりだけを紹介します。

病原体のmRNAは、通常は病原体のDNAから転写されてつくられ、細胞質内でタンパク質に翻訳されます。DNAとタンパク質をつなぐメッセンジャーとして働くのです。
そこで抗原タンパク質をコードするmRNAを細胞内に送り込めば、その情報をもとに抗原タンパク質がつくられて免疫が誘導されます。RNA型ウイルスに対するワクチンの場合は、ウイルスのRNAの代わりに人工的につくったmRNAを細胞に送り込めばいいので、原理は単純です。

しかし、それを実現するには、多くの困難を乗り越える必要がありました。
1つは、mRNAは生体内では酵素によってすぐに壊されてしまい非常に不安定であることです。
もう1つは、投与したmRNAがトル様受容体(TLR)やRIG-Iといった細胞のRNAセンサーに感知され、アジュバント(自然免疫を活性化する物質)効果が強く現れて自然免疫が激しく活性化され過ぎ、サイトカインストームを起こしてしまうことです。

これらの問題をカリコ博士は、mRNAの構成成分の1つであるウリジンという物質を、修飾されたウリジン(シュードウリジン)に置換することで解決しました。修飾されたウリジンを含むmRNAは、RNAセンサーに認識されにくかったのです。
ただし、まったく認識されないわけではなく、強い獲得免疫を引き出すだけのアジュバント活性はあります。一方で、ほかのワクチンに加えられているアジュバントよりも強いので、副反応も強いと考えられます。

しかし、修飾されたウリジンに置換しただけでは、mRNAは体内で酵素によってすぐに壊されてしまいます。mRNAが細胞に取り込まれてタンパク質に翻訳されないと、ワクチンとしての価値がありません。
これを可能にしたのが、mRNAを包み込む脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle:LNP)です。mRNAが爆弾ならば、LNPはそれを運ぶロケットのようなものです。

LNPは想像以上の効果をもたらしました。mRNAは体内で分解されることなく細胞内にまで入り、タンパク質がつくられました(図3-5 mRNAワクチンによる免疫活性化)。そのタンパク質から切り出された抗原ペプチドは、樹状細胞によって抗原提示が行われ、T細胞性免疫を強く活性化したのです。
LNPにもアジュバント活性があり、mRNAとともに自然免疫も活性化します。このために抗体のみならず、強力なヘルパーT細胞とキラーT細胞を誘導することができました。

この点が、病原体のタンパク質の一部を投与するコンポーネントワクチンとの大きな違いです。
コンポーネントワクチンの場合、投与された病原体のタンパク質の一部は、細胞に取り込まれてペプチドにされた後、クラスII MHCに結合して細胞表面へ運ばれます。クラスII MHCが抗原提示を行う相手は、ヘルパーT細胞です。キラーT細胞に対して抗原提示を行うのはクラスI MHCなので、コンポーネントワクチンはキラーT細胞を活性化する能力が低いと考えられています。

RNAワクチンの場合は、細胞内でmRNAからタンパク質がつくられます。そのタンパク質はペプチドにされた後、クラスI MHCに結合して細胞表面へ運ばれ、キラーT細胞を活性化できるのです。