じじぃの「カオス・地球_157_共感革命・序章・認知革命」

「認知革命」で地球を支配したホモ・サピエンスの未来

2016年11月17日 J-CAST
■「サピエンス全史」上・下(ユヴァル・ノア・ハラリ著)
イスラエルの若手歴史研究家の手による野心的な書だ。

ホモ・サピエンスという種が、他の生物と思考方法において一線を画することになった「認知革命」、その後の農業革命を経て、帝国の成立そして科学革命という展開を見せる本書は、地球上の多くの生物を根絶やしにしつつ繁栄するサピエンスの「発達史」である。その切り口は極めて斬新であり、世界的ベストセラーとなったのも至極当然と思わされる。
https://www.j-cast.com/trend/2016/11/17283657.html?p=all

河出新書 共感革命――社交する人類の進化と未来

【目次】

序章 「共感革命」とはなにか――「言葉」のまえに「音楽」があった

第1章 「社交」する人類――踊る身体、歌うコミュニケーション
第2章 「神殿」から始まった定住――死者を悼む心
第3章 人類は森の生活を忘れない――狩猟採集民という本能
第4章 弱い種族は集団を選択した――生存戦略としての家族システム
第5章 「戦争」はなぜ生まれたか――人類進化における変異現象
第6章 「棲み分け」と多様性――今西錦司西田幾多郎、平和への哲学
第7章 「共同体」の虚構をつくり直す――自然とつながる身体の回復
終章 人類の未来、新しい物語の始まり――「第二の遊動」時代

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『共感革命』

山極壽一/著 河出新書 2023年発行
人類は約700万年前にチンパンジーとの共通祖先から分かれ、独自の進化を遂げた。やがて言葉を獲得したことによって「認知革命」が起きたとされている。しかし、実はその前に、もっと大きな革命があった。それが「共感革命」だ。

序章 「共感革命」とはなにか――「言葉」のまえに「音楽」があった より

二足歩行が共感革命を起こした

類人猿の子ども特有の遊びに、ピルエットと呼ばれるものがある。

ピルエットとはぐるぐると回転することだ。この遊びはサルには見られず、類人猿にしか見られない。フランスの社会学者ロジェ・カイヨウが分類した4つの遊びの中で最も自由な、浮遊感に満たされた冒険的な緊張感に包まれる遊びで、類人猿が人間に進化するにつれてこの遊びは拡大し、ダンスという音楽的な才能と結びついていった。

私は人類が直立二足歩行を始めた理由の1つに、この「踊る身体」の獲得があったと考えている。

「言葉」のまえに「音楽」があった

人類が言葉の獲得にいたった理由の1つは、脳の中の記憶を外に出すためだったのではないかと私は考えている。

人類が言葉を獲得する以前は、個人的な体験を仲間に伝えられなかった。しかし言葉という音声記号によってはじめて伝えられるようになっていった。
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私がコンゴ(現在のザイール共和国)でゴリラの調査をしていた頃、現地ではいつも人々がリンガラ・ミュージックに合せて踊り、歌う姿を見てきた。私もその輪の中に入り、共に躍った。簡単な踊り方のマナーがある他は、どんな踊りをしても自由で、これも社交の1つといえるだろう。

アフリカでもう1つ印象的だったのが、ピグミーと呼ばれる狩猟採集民だ。

彼らは天性の踊り子と呼ばれていて、実際に世界的な音楽祭で優勝したこともある。彼らの音楽は1人1音、ポリフォニー(多音的)で、いろいろな人たちがそれぞれ異なる自分の音」を出し、その集合音が自然にメロディーになっていく。言葉を使わない音だけの音楽で、仏教の声明(しょうみょう)に似ているかもしれない。太鼓でリズムをとり、輪になって足並みを合わせる。その輪の中で1人1人が即興で踊りを演じる。
彼らは森の民なので、踊るときによく動物の真似をする。ゾウの真似をしたり、身体で森の様子を表したりする。まさに身体で状況を知らせるコミュニケーションだ。

神という虚構、知性のモジュール

新約聖書の四福音書の1つである「ヨハネによる福音書」は、「はじめに言葉ありき」で始まる。この世は言葉によってつくられた、言葉は神である、という意味である。

言葉が人間の世界の始まりだとする考えは、ユヴァル・ノア・ハラリも同じだ。彼は、フィクションを信じる能力が言葉によってもたらされて、人間同士の大規模な協力が可能になり、神も国家もお金も言葉がつくりだした虚構だと指摘する。

しかし言葉は人間の脳容量を増やしてはいないから、世界を認知する能力を大きく変えたと考えるべきだろう。

イギリスの認知考古学者であるスティーブン・ミズンは『心の先史時代』という著書の中で、人類は生態学的知性、道具的知性、社会的知性という3つの異なる知性を脳の中に別々のモジュールとして発達させてきたという仮説を提示している。言葉は3つの知性をつないで認知的流動性をもたらし、文化のビッグバン(大爆発)を起こしたというのだ。

かつてヨーロッパに君臨に君臨していたのは、私たちと変わらないが、もしくはそれ以上の大きさの脳を持つネアンデルタール人だった。しかしそのネアンデルタール人が、現代人ホモ・サピエンスによって絶滅させられたのは大きな謎だった。その理由について、言葉の有無によるものだとミズンは指摘する。

4万5000年前までにヨーロッパに進出した現代人サピエンスたちは、ネックレスやブレスレットなど膨大な装飾品を政策し、彫刻や壁画などの芸術作品も残した。装飾品や芸術作品をほとんど残さなかったと思われるネアンデルタール人と、現代人の旺盛な文化活動には、大きな違いがある。この違いをミズンは文化のビッグバンと考えたのだ。

現代人は言葉を獲得したことで、個々に発達した知性をつなぎ、比喩を使って創造性を高めて新しい環境に適応できたおかげで、言葉を持たないネアンデルタール人を追いやったのだろう。

認知的流動性という言葉は少しわかりにくいかもしれないが、独自に発達してきた知性が言葉によってつながることだ。例えば、生態学知性は社会的知性とつながったおかげで、山や谷が人間の顔や動物の体に見えるようになる。道具的知性と社会的知性がつながれば、道具を人の手や足に見立てて使えるようになる。つまり、言葉を使った比喩によって世界を捉える能力が上がり、応用したり、想像したりする力が強まっていったのだ。

ドイツで発見されたライオンマンという象牙彫刻は、3万2000年前のものとされ、最古の彫刻として知られている。マンモスの牙からつくられ、頭部がライオンで体は人間のこの像は、ライオンの雄々しさと気高さを身につけるためにつくられたのだと考えられている。
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かつてはヨーロッパだけで文化のビッグバンが起きたと考えられていた時期もあった。
しかし今ではそうではないとされている。アジアで様々な技術を開発していたようだし、7万5000年前の南アメリカのブロンボス洞窟では、人類最古とみられる穴のあいた貝殻製ビーズや、身体装飾に使ったと見られる酸化鉄などが出ている。サピエンスは言葉とともに変身願望を高めたのだろう。

おそらく、変身願望は共感能力に加えて、言葉を使うことによって出てきた意識だろう。動物になった気持ちで行動を予測すれば狩りの成果は上がるはずだし、木のようにどっしりと構えたり、晴れた日の空のように清々しい思いを抱いたりするほうが、集団の人間関係をうまくつくれるかもしれない。

ホモ・サピエンスネアンデルタール人よりも広いネットワークを持ち、移動できる距離も長かった。言葉を駆使して交流できたために、急速に世界各地へ生息地を広げていったのだ。