じじぃの「カオス・地球_130_南海トラフ地震の真実・はじめに」

[NHKスペシャル] もしも南海トラフ巨大地震が発生したら?シミュレーションCGとドラマで解説 | MEGAQUAKE | NHK

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=V9e5yuZ1CxA


南海トラフ地震の発生率は20%!? 水増しされた数字…注目される真実とは

2023.10.09 週刊実話Web
南海トラフ地震は、静岡県から九州沖にかけて発生することが予測されている、M(マグニチュード)8~9級の海溝型地震。発生間隔は90~150年程度とされているが、その未曽有の巨大地震をめぐり、ある書籍が注目を浴びている。

それが8月に出版された『南海トラフ地震の真実』(小沢慧一著・東京新聞)。東京新聞で連載された調査報道記事が書籍化されたものだが、その内容が驚くべきものなのだ。
https://weekly-jitsuwa.jp/archives/118904

南海トラフ地震の真実』

小沢慧一/監修 東京新聞 2023年発行

はじめに より

静岡県から九州沖にかけてマグニチュード(M)8~9級の巨大地震が30年以内に「70~80%」の確率で発生するとされている南海トラフ地震。この数字を出すにあたり、政府や地震学者が別の地域では使われていない特別な計算式を使い、全国の地震と同じ基準で算出すると20%程度だった確率を「水増し」したことを、ほとんどの人は知らないだろう。なぜなら、そうした事実は私が取材するまで、政府や地震学者によって「隠す」かのように扱われていたからだ。

この確率の根拠となっているのは、元をたどれば江戸時代に測量された高知県室戸市室津港1ヵ所の水深のデータだ。しかもこの数値は、港のどこを、いつ、どうやって測ったかが不明なデータで、さらにその港は測量前後に何度も掘削工事を重ね、確率計算の前提となる自然の地殻変動をきちんと反映していない。このことを知ったらこの数字を信用できるだろうか。

実は、検討した2013年当時の政府の地震調査研究推進本部地震本部)の地震調査の委員会海溝型分科会の委員たちは「科学的に疑義がある」と指摘し、70~80%(13年当時は60~70%)の確率を、全国の他の地震と同じ基準で算出した20%程度に引き下げるか、2つの確率を同列で扱って示す両論併記にするかなどの提案をした。しかし、そうした地震学者たちの訴えはかき消された。さまざまな理由が挙げられたが、確率を下げると、「防災予算の獲得に影響する」という意見が幅を利かせた。

この取材に着手する数年前、私は東海地震説について取材していた。東海地震説は1976年に「駿河湾で大地震が明日起こっても不思議ではない」とぶち上げられた仮説だ。これをきっかけに政府は東海地方に地震の前兆現象を観測し、数日単位でピンポイントに地震の発生を言い当てる「地震予知」による防災に注力。予知を前提に防災対策の法律まで作った。だが、予知の仕組みは現在に至るまで、一度も科学的に証明されたことがない。それでも予知研究には莫大な予算が充てられ、その差配は政府に委員として選ばれた地震学者たちに委ねられて「地震ムラ」が形成された。

しかし、1995年には予知されることもなく阪神・淡路大震災が発生。「次は東海地震」と東海地方になかり偏った防災対策が取られ、その他の自治体や住民らもそう思い込んでしまった結果、関西には地震が来ないとの油断が生まれ被害が拡大した。また、これにより予知ができないことも浮き彫りになり、批判が集中。政府は地震予知推進本部から今の地震調査研究推進本部に看板を掛け替えたが、実態を見ると体制に大きな変化はなかった。

冒頭の「30年以内に何%」という確率は、阪神・淡路大震災の反省から、予知の代わりに主流となった「地震予測」(長期予測)によるものだ。数日単位で言い当てる予知が不可能なので、代わりに過去の地震の記録や痕跡から統計的に次なる地震の時期の目途をつける地震予測にかじを切った。だが、地震の起き方は複雑で、ふたを開けてみれば予測とは違う場所でばかり地震が起きた。
東日本大震災(2011年)では、予測とは場所も規模も全く違う想定外の地震が発生。地震ムラは阪神・淡路大震災に続き、今度こそ存続の危機に立たされるともみられたが、東京電力福島第一厳罰事故に注目が集まり、社会からの「おとがめ」はなかった。

私が南海トラフ地震の確率が水増しされていることを初めて知ったのは2018年。それまで科学的根拠に基づき算出されていると思っていた確率が、いいかげんな根拠を基に政治的な決められ方をしていたことに、あぜんとした。

また、取材をしていくと、南海トラフ地震が防災予算獲得の都合から「えこひいき」されて確率が高く示されるあまり、全国の他の地域の確率が低くとられられて油断が生じ、むしろ被害を拡大させる要因になっている実態も見えてきた。例えば、2016年に発生した熊本地震では、震源となった活断層の30年以内の地震発生確率が「ほぼ0~0.9%」とされており、熊本県は低確率であることをPRして企業誘致を行っていた。そのため、地震が発生すると被災者たちは口々に「九州には地震が来ないと思っていた」と話した。生半可な科学を使った政府の対策が逆に油断を生み、被害を拡大させる要因を作ってしまう。このことは地震予知と同じ轍(てつ)を踏んでいると言えるのではないか。

それでも予測を出し続ける背景には、予知体制から残る地震ムラの存在があり、ポストや研究予算などの既得権益も絡んでいる。
    ・
本書の後半では、南海トラフ地震の確率の特殊な計算方法である「時間予測モデル」には問題があり、現在発表されている70~80%という確率が成り立たないことを、京都大防災研究所所長の橋本学教授(現・東京電機大特任教授)らと共同調査し、立証するまでを記した。

70~80%の根拠は、江戸時代に室津港を管理していた役人が残した古文書だ。調査からは、この古文書が100年近く前に、ある地震学者によって発表されて以来、他の研究者の検証をあまり受けることなく、役人の子孫の自宅で眠っていたことが発覚した。解析を進めると、港は何度も人工的に掘り下げられ、地震の隆起とは関係がないデータである可能性など、重要な事実が次々と明らかになった。

こうした調査をしようと思ったきっかけは、確率を巡る白熱した議論の中で、地震学を代表する立場にある委員が「この問題について調査研究をし、その結果を受けて、もう一度、これを検討し直す」という声明をしていたことを議事録で見つけたことだ。しかし、実際には私が調査を始めた時点でも検証はされておらず、自ら行う必要があると思った。こうした問題が発覚する経緯や長期評価に与える影響などを、丁寧に追っていった。

さらに、地震予知の失敗の歴史を振り返り、予知の後に主流になった地震予測が確率の低い地域でいかに住民の油断を生んでいるかを現地の担当者の声などから見ていった。また、確率だけではなく、「死者・行方不明者32万人」とする南海トラフ地震の「被害想定」も、地震学者たちから「科学的ではない」「大きすぎる」との批判が噴出している実態を明らかにした。

今年は関東大震災(1923年)から100年となるが、現在政府が想定している首都直下地震関東大震災で発生したような地震ではなく、それより規模が小さいものであることも言及した。その理由は、南海トラフ地震の想定を大きくしすぎた「揺り戻し」だったほか、東京五輪開催前の国際的イメージの低下を意識していたことも紹介する。

こうした南海トラフ地震と首都直下地震などの対策は、自民党が政権奪還を果たす際の目玉政策の1つである国土強靭化計画の正当性をアピールする最大の旗印となっていた。
国土強靭化計画は地震対策として道路などのインフラ整備のほか、防波堤の建設などさまざまな予算捻出の根拠となり、2013年度から2023年度までに約57兆円が使われた。さらに2025年度までに事業規模15兆円の対策が講じられる。もちろんこれらが不要とは言わないが、一方で、旗振り役の政治家の地元に多額の道路建設予算などが下りた実態もある。

当初、南海トラフ地震の確率問題について、新聞記事として世に出すべきかどうか迷った。

1つにはこうした記事を出すと、「なんだ、南海トラフ地震は来ないのか」「備えをして損をした」と考える読者が出てしまうかもしれないと思ったからだ。それは私が目指すところとは全く違うので誤解しないでほしい。

もう1つは、南海トラフがえこひいきされることは私の故郷である東海地方にとっても悪いことではなく、恩恵を受けているなら、水を差す必要もないのではないかと思ったからだ。

だが2018年9月、北海道地震が発生し。被災現場で1人の被災者に出会ったことがきっかけに、考えが変わった。

地震発生当時、現場に駆けつかると、1人の男子高校生が倒壊した家の横でうずくまっていた。尋ねると、1歳年下の高校生の妹の救出を見守っているのだという。

「足が……。妹の足が、見えているんです……」

祖母、父、妹との4人暮らし・男子高校生はたまたま自分の部屋の壁が崩れたことで、そとに這(は)い出ることができたが、祖母と父は家の下敷きとなっていた。

がれきから見つけ出した妹の手帳。中には見慣れた丸文字で「明日から学校」とかかれていた。本当なら新学期を迎えていたこの日、男子高校生はフルートが好きだった妹の写真を胸に抱き、ガクガクと震えていた。

照明と重機を使って捜索は続いたが、地震発生から約17時間後、無言の妹が担架に乗せられて運び出された。

「北海道には地震が来ない」。男子高校生はそう思い込んでいたという。
「だって、テレビや新聞では、いつも次に来るのは南海トラフだって……」。そう言い、あふれ出る涙を止めることができなかった。

「命のため」は「絶対善」の正論だ。そのためなら、備えはいくらしてもしすぎということはないだろう。そのため、防災の政策に異論は狭みにくい。しかしそこで思考停止をしてはいけない。地震大国日本はそもそも、どこでも地震が起きる可能性が高いのだ。現在の地震学の実力では、将来の地震発生を見通せない。まして、天気予報のように「ここは0.9%」「あそこは80%」などと確率を出せる精度はないのだ。

防災行政と表裏一体となって進むことで莫大な予算を得てきた地震学者が、行政側に言われるがまま科学的事実を伏せ、行政側の主張の根拠になる確率を算出した――。南海トラフ地震の確率の決定のされ方は、まさにご都合主義の科学だったと言えよう。それなら記者として、実態を世に伝える必要があると考えた。

この国に住むすべての人が今の地震学の真実の姿を知って防災に打ち込み、「地震が来るとは思わなかった」と後悔することのないよう、本書をささげたい。