Uncovering the Mysterious History of Homo Erectus| Our Ancient Ancestors
ホモ・エレクトスの弱まった顎と歯の咀嚼形態は肉食と石器使用の効果、実験で明らかに
2016.04.01 楽天ブログ
約200万年前には東アフリカに出現していたホモ・エレクトスは、それまでのどんなヒトより大きな脳と体躯を持っていた。
それにもかかわらず、小さな歯、退縮した咀嚼筋という食物を噛む力の弱化が見られ、さらに残された骨格から腸も縮小していたことが分かっている。
●エネルギー浪費の巨大化した脳の要求にどうやって応えられたか
それでなくともエネルギー多消費の巨大化した脳を養うのに、明らかに彼らはそれに矛盾した形態を備えていた。脳は、代謝エネルギーの20%も消費しているのだ。
咀嚼能力と消化能力が減退したのに、増大したエネルギー消費量をまかなったという矛盾した組み合わせが、なぜホモ・エレクトスで現れたのか。
それを説明する仮説として、ホモ・エレクトス出現前に製作されるようになっていた石器を使って食に肉を取り入れたことと火の使用にする調理が始まっていたことが挙げられている。しかし加熱調理の証拠は、50万年前まではほとんど確認されていない。だから咀嚼に及ぼした肉食と下部旧石器文化による食物処理技術の影響は、なお未解明であった。
文藝春秋 進化を超える進化
【目次】
序章
創世記
第1部 火
第2部 言葉
第3部 美
第4部 時間
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『進化を超える進化――サピエンスに人類を超越させた4つの秘密』
ガイア・ヴィンス/著、野中香方子/訳 文藝春秋 2022年発行
第1部 火 より
第4章 脳を育てる――人間だけが火で脳を大きくし調理で身体を変えた
人間が難産になったわけ
一般に動物は身体が大きくなるにつれて脳が大きくなり、そして脳の大きさは、知性や社会性や文化の向上と相関する。たとえば、イルカには人間に似た行動や文化がみられる。彼らは遊んだり、仲間の子どもの面倒を見たり、協力して狩りをしたり、名前を呼んだり(シグネチャーホイッスルと呼ばれる鳴音)、情報を教えあったりするのだ。そのような社会性や文化的豊かさは、脳がきわめて大きい動物にしか見られない。
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人間には、出生時まで脳を小さく未熟にしておく、頭蓋骨をゆがめる、といった適応的変化が起きているのもかかわらず、世界のどの文化でも、安全に出産するには他者の助けが必要だ。人間の強い社会性は大きな脳を必要とするが、それは助産の必要性と足並みを揃えて進化した。女性同士の友情と協力はそのような出産の鍵であり、集団の強さと存続の鍵であったろう。
さらに、人間の母親は出産後も、新生児を死なせないために補助を必要とする。わたしは自分の子どもを持つまで、授乳は生来備わった能力で、簡単にできると思っていた。哺乳類と言うくらいだから、呼吸と同じくらい当たり前にできることだと思い込んでいたのだ。しかし、初めて授乳しようとして、わが子も自分も何もわからないことを知って愕然とした。乳首の含ませ方、授乳のタイミングを教わなければならず、時間をかけての練習が必要だった。1週間ほどたってようやく、チンパンジーの母親と同じくらい自然に授乳できるようになった。どの文化でも、女性は出産後に授乳の仕方を教わり、母親にそれができない場合は、家族やコミュニティの他の女性が授乳する。あるいはもっと最近では、母乳の栄養組成に合わせて作られた調合乳を、専用の哺乳ビンで与える。
出産と授乳は、自らの遺伝子を残し、種を存続させるために何より重要なことだが、人間の場合、どちらも教わる必要があり、1人ではうまくこなせず、母子ともに高い死亡リスクを伴うほど難しい技術だ。
協力して育てるのが大事
種が生き残るには協力が欠かせない。ある実験によると、人間の子どもは生後3ヵ月という早い時期から、非協力的な人間より協力的な人形を好み、そのわずか数ヵ月後には、非協力的な人形を「罰する」ようになる。このように、性格を判断する能力は早くから備わっているのは、1つには、霊長類の中で唯一、人間の子どもは日常的にさまざまな人に世話されるので、誰を信用し、誰から学ぶべきかを早くから見分ける必要がある。
総じて狩猟採集民や牧畜民の社会では、母親は1人で子どもの世話をするわけではなく、その責任も負わないので、産後間もない頃から集団の食糧調達に貢献する。それらの集団では女性が持ち帰る食用の葉や根茎や塊茎、小動物のカロリーは、男性が持ち帰るカロリーより多い。フィリピンのナナドゥカン・アグタ族や、ウェスタンオーストラリア州のアポリジニであるマルトゥ族など、多くの狩猟採集民社会では女性も狩りを行う。さらに、女性は高齢になっても子守をする。シャチやコビレゴンドウを別にすると、人間は閉経する唯一の哺乳類だ。他の種のメスは、出産年齢を超えていきることはめったにない。この適応は、狩猟採集民社会において、家族に年配の女性がいると子どもや孫の生存率が上がるという「祖母効果」のために進化したようだ。たとえばハッザ族のコミュニティでは、年配の女性が家族の食料を集めるために投じる時間と労力は、若い女性より多い。
調理がもたらしたもの
調理を発明した結果、食べる物の種類も変わった。
他の大型動物は消化しにくい塊茎やイネ科の植物を好まないので、人間はそれらを楽に入手できた。そして、穀類の種子を砕いてタンパク質や穀粒を取り出したり、硬いデンプン類の根菜によく火を通してカロリー豊富な消化しやすい食物に変えたりする方法を覚えた。また、火が言うなれば外部の胃腸になったおかげで、食物を速やかに消化できるようになり、たとえばライオンのように、大量の死肉を何時間も胃に入れておかなくてもよくなった。
しかし、その結果として世代を経るうちに人間の腸は短くなり、他の霊長類が食べる生の葉や果実の多くを消化できなくなった。このように食物の選択肢を減らすことは、進化上の大きな賭けだった。飢饉に対して脆弱になり、また、他の霊長類は食べても平気な植物の毒に対する耐性を失うからだ。それでも、人間は腸の無駄を省くことで、貴重なカロリーを大きな脳に回せるようになった。
今日の狩猟採集民がカロリーの半分強を動物から、残りを採集した植物から得ていることからすると、調理は、わたしたちの祖先が食物を集め、処理し、咀嚼するのに費やす時間を大幅に減らしたと考えられる。チンパンジーは火におよそ5時間かけて咀嚼するが、人間が食事にかける時間はトータルでおよそ1時間なので、他の動物にはない時間の余裕が生まれる。また、物理的に、科学的に、あるいは熱によって加工された食物は、顎の負担を減らした。
加えて、わたしたちの祖先は狩りで獲物に噛みついたりしなかったので、肉食動物の顎を保持する必要がなくなり、口、唇、歯、顎の開きは、(身体との比で言えば)リスザル並みになった。調理と言う文化的な適応が起きたことで、顎は弱くなり、目立たなくなり、顎の短い筋肉は耳のすぐ下までしか届かなくなったが(他の霊長類では、頭のてっぺんまで伸びている)、そのことが発声のスキルを向上させた(このスキルの向上は社会的に重要だったので、咀嚼力を犠牲にしても、人類集団全体に拡散した)。
ホモ・エレクトスの頃にはすでに顎と歯と口が小さくなり、生肉を噛み切るのは難しかった。ホモ・エレクトスは大量のエネルギーを必要とする大きな脳を持っていたので、加熱した上質の食物を必要とし、また、そういう食物を作れるほど聡明だった。
つまり、加熱する文化は、人間の脳の進化を推し進める主要な力だったのだ。高エネルギーの食物が、祖先の脳を自然の限界を超えて大きくするとともに、腸を短くした。このような進化的変化は、ごく短い期間に起きる可能性がある。なぜなら食物の変化は、生存率に強く影響するからだ。
ダーウィンフィンチを調べた最近の研究によると、一度の干ばつのせいで得られる食物が数種類の硬い種子だけになると、くちばしが硬い個体ほど生き残りやすく、遺伝子を伝えやすかった。そして次の世代では、通常のくちばしを持つ個体はわずか15パーセントに減った。この変化は1年以内に起きたが、その影響は15年間も続いた。
調理という発明も同様に生活を変え、個体数が少ない時代には種全体を変えた。それは、個体数が少ないと、遺伝的な違いが非常に強く影響するからだ。この現象は「遺伝的浮動」と呼ばれる。
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およそ200万年前から175万年前まで、急速で極端な気候変動のせいで、環境からの圧力がきわめて強くなった。そのため、小さな遺伝的変化による生存効果が高まり、いくつかの形質が継承されやすくなった。この時期、個体群は分断されていたので、それぞれの中で新型の遺伝子が生まれた。個体群が再び互いと接触するようになると、その新型遺伝子が選択的に拡散し、遺伝子多様性が増した。つまり、進化と種分化が加速したのだ。実際、ウシ科を含む多くの哺乳類で、それが起きたという証拠がある。この苦難の時期に、わたしたちの祖先は火を利用し、料理によって摂取カロリーを倍増しつつ、エネルギー損失を減らしたことにより(火は夜間の体熱の損失を減らすとともに、捕食者から人間を守った)、大いなる変化を遂げた。彼らは新しい霊長類になっただけでなく、まったく異なる存在になった。自分が環境に適応するだけでなく、環境を自らに適応させるようになったのだ。