じじぃの「歴史・思想_693_いま世界の哲学者・アメリカ政治の転換・トランプ」

【冒頭30分】小川さやか×岡本裕一朗「現代思想は“欲望の資本主義”に負けるのか」

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=TyJ2JyMBZLE


アメリ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで

著者 岡本裕一朗著 (玉川大学名誉教授)
トランプ以前と以後で、アメリカの現代思想のルールがまったく変わってしまった。
トランプ以後、たえず抑圧されてきたホンネの欲望が噴出するようになったのである。いわゆるPC:ポリティカル・コレクトネス(政治的に正しく、差別的ではないこと)に対する反感だ。今までアメリカの現代思想と言えば、言ってみればPCのコードにしっかりと守られたいわばタテマエの思想だった。
それを「リベラル・デモクラシー」派と呼ぶならば、今までのほとんどの思想が、この中に入ってしまう。
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-85113-6

いま世界の哲学者が考えていること

岡本裕一朗(著)
【目次】
序章 現代の哲学は何を問題にしているのか
第1章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか
第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
第4章 資本主義は21世紀でも通用するのか
第5章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
第6章 人類は地球を守らなくてはいけないのか

第7章 リベラル・デモクラシーは終わるのか

 第1節 アメリカ政治の転換(2016年以後)
 第2節 新型コロナウイルス感染症パンデミック(2020年以後)
 第3節 ウクライナ戦争(2022年以降)

                  • -

『いま世界の哲学者が考えていること』

岡本裕一朗/著 朝日新聞出版 2023年発行

第7章 リベラル・デモクラシーは終わるのか――第1節 アメリカ政治の転換(2016年以後) より

トランプ現象が意味するもの

まず、2016年に行われたアメリカの大統領選挙を考えてみましょう。この選挙では、当初は泡沫候補と見られていた共和党ドナルド・トランプが、予想を裏切って多くの支持を集め、大統領に就任しました。しかし、このどこがアメリカ政治の大転換なのでしょうか。

たとえば、その前のバラク・オバマが大統領に就任したとき、歴史的転換が語られました。というのも、アフリカ系アメリカ人として初めてのアメリカ大統領が誕生したのですから、大転換であることは間違いありません。しかし、オバマが大統領に就任したのは、1950年代から起こった公民権運動の帰結と考えることができます。とすれば、アフリカ系アメリカ人の大統領が誕生するのは、時間の問題だったように思えます。この線上に、アメリカ初の女性大統領というシナリオも予想できます。これは歴史の進歩と言えます。

ところが、トランプの大統領就任は、いままでアメリカが進めてきたリベラル・デモクラシーという歴史の流れに、まったく逆行するように見えたのです。まだご記憶だと思いますが、トランプが女性蔑視や人種差別的な発言を悪びれずに繰り返していたのは、周知の事実でした。これは、リベラル・デモクラシーの国アメリカにとって、あってはならないことのように思えます。

それにもかかわらず、トランプのやり方を、アメリカの国民が熱烈に支持したわけです。だとすれば、そのとき起こっていたのは、トランプ個人というより、むしろアメリカという国全体の大きな地殻変動とみなすべきではないでしょうか。

たとえば、トランプがさかんに批判した「PC(ポリティカル・コレクトネス)」を取り上げてみましょう。これは、1980年代頃から、一般的に使われるようになった言葉ですが、人種・宗教・性別などにかんして差別や偏見などを含まないように、表現や用語に注意することです。具体的には、「黒人」は「アフリカ系アメリカ人」に、「ビジネスマン」は「ビジネスパーソン」といった具合です。

最近は、日本でも同じような傾向がみられますので、PCという言葉は別にして、事象としてはよく知られています。これは、差別を許さず、平等性を求めるリベラル・デモクラシーにとって、いわば要のように考えられてきました。

ところが、PCのルールを守るのはけっこう頻雑で、面倒でもあります。以前だったら、人間や人類を意味するとき、「man(men)」を使っていたのが、PCでは女性差別ということで、許されなくなります。こうした状況に対して、トランプは公然と異を唱えたのです。
    ・
トランプが越えたこの壁を、ここでは「リベラル・デモクラシー」と呼ぶことにしましょう。そうすると、トランプによって何が始まったのか、理解できるのではないでしょうか。いままでアメリカが押し進めてきた「リベラル・デモクラシー」――これにトランプは異を唱えるわけです。

つまり、これまで原理としてアメリカの政治方針であった「リベラル・デモクラシー」に対して、トランプは声高に批判したのです。しかも、その批判を多くのアメリカ国民によって受け入れられたのです。とすれば、これをアメリカ政治の大転換と呼んでも、決して過言ではありません。

しかし、ここでトランプが批判した「リベラル・デモクラシー」とは、いったいどんな意義があったのでしょうか。それを確認しておく必要があります。

新反動主義の台頭

では、リベラル・デモクラシーが終わるとしたら、その次に、いったい何がはじまったのでしょうか・それを理解するには、「リベラル・デモクラシー」を分解すると明らかになります。

もともと、「リベラル」と「デモクラシー」は、それぞれ起源が違っていて、容易に2つを結びつけることができなかったのですが、いままでいわばセットで語られてきました。ところが、その分離を宣言する人々が、アメリカで登場したのです。

たとえば、PayPal(ペイパル)の創業者で、「シリコンバレーの頂点に君臨する」と言われるピーター・ティールは、2009年に発表した「リバタリアンの教育」というエッセイのなかで、「自由」と「デモクラシー」が両立しない、と明言しています。彼はスタンフォード大学時代に、フランス出身の哲学者ルネ・ジラールのもとで哲学を学び、論文も書いています。そのティール思想の根本には、デモクラシーを拒否して、自由を擁護するリバタリアンの姿勢があります。その考えは、『ゼロ・トゥ・ワン』のなかでも、いかんなく表明されています。

デモクラシーを拒否し、自由を擁護する姿勢は、アメリカで21世紀になってから、インターネットを通じて拡大しつつあります。この思想が、最近では「新反動主義運動(neo-reactionism)」と呼ばれるようになりました。
その代表者として、ティールの友人でシリコンバレーの起業家でもるカーティス・ヤーヴィンを挙げることができます。

彼はペンネームを使って、反デモクラシーの議論を次々を発表し、アメリカ社会に影響を与えたのです。こうした傾向が、トランプへの賛同者を生み出していったのは、よく知られています。

ヤーヴィンのプログに強く反応して、インターネット上で「暗黒の啓蒙」という連載記事を発表したのが、イギリス出身で中国在住の哲学者ニック・ランドでした。彼は、西欧社会の原理とされたデモクラシーを「衆愚政治に他ならない」と断じ、その基礎になった「人間の平等性」に次のような批判を加えています。

  人間は平等ではない。彼らは平等に育ちはしない。それぞれが目指す場所や成しとげることは平等ではない。そしてなにものも彼らを平等にすることなどありえない。
    ・
いままで、リベラル・デモクラシーの牙城であったアメリカにおいて、それを否定する現象が起こっています。たしかに、トランプ大統領自身は4年で任期を終えましたが、それを生み出した反デモクラシーの動きはなくなったわけではありません。この先、どこへ向かうのでしょうか。