じじぃの「科学・地球_520_ヒッグス粒子の発見・79行の論文1」

【科学者紹介】南部陽一郎先生のスゴさを解説します【予言者】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Cegc-Febk-o

対称性の破れ


神の数式 ”重さ”はどこから生まれるのか 南部陽一郎・ヒッグス

2018.5.10 snclimbエス・クライム
南部 陽一郎は、日系アメリカ人の理論物理学者。
シカゴ大学名誉教授、大阪市立大学名誉教授・特別栄誉教授、大阪大学特別栄誉教授、立命館アジア太平洋大学アカデミック・アドバイザー。
専門は素粒子理論。理学博士。 福井県福井市出身。自宅が大阪府豊中市にあり、シカゴに在住していた。1970年に日本からアメリカ合衆国帰化した。
https://blog.goo.ne.jp/snclimb/e/41bda1c0c396dac35efa7380ba080fee

ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
第2章 原爆の影
 科学者に明日は予見できない
第3章 79行の論文
 南部陽一郎の論文と出会って
 自発的対称性の破れ
 CERNに送った論文
    ・
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

                  • -

ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

第3章 79行の論文 より

ファインマン登場

フリーマン・ダイソンコーネル大学で出会った物理学者の1人に自信に満ちあふれた優秀なニューヨーカー、リチャード・ファインマンがいる。彼は、苦境に立たされた「場の量子論」を救おうと決意した。

ファインマンは1947年、電子の周りに生成・消滅する、ありとあらゆる光子を気にするよりも、一歩下がってそれらをエネルギーの雲と見なすほうがよいことに気がついた。このように考えると、”仮想光子の雲”の効果を考慮することによって、質量と電子の電荷を再定義することができる。ファインマンが数学を通して研究したとき、その理論を台無しにする恐れのあった厄介者の”無限大”が姿を消したのである。

ファインマンの研究は、のちに「くりこみ」として知られるようになる理論に不可欠なものだった。それは、科学者が量子電磁気力学をゆるぎない基盤の上に築くために必要とした突破口だった。さらには、その理論が、動きの遅い、低いエネルギーをもった素粒子だけでなく、素粒子が疾走するとき、つまり、光速に近い速さで動く、高いエネルギーのときでも適用できることを意味していた。
ファインマンの研究は、世界中の大学の物理学科で祝賀会の始まりを告げる吉報となるはずだった。だが、そこには物事を複雑にする要因があった。彼の他の2人の物理学者が、根本的に異なる方法でこの南極を切り抜けるすべを思いついていたのだ。

1人はハーバード大学のジュリアン・シュウィンガー(1918~94年)、もう1人はは東京文理科大学(現・筑波大学)の朝永信一郎(1906~79年)である。朝永は、戦時中にこの問題を解決していたが、そのニュースが欧米に届くのに数年間を要していた。その状況には、1920年代後半にハイゼンベルクシュレーディンガーが、量子力学において競合する方程式をそれぞれ独自に生み出したときのような厄介さがあった。

南部陽一郎の論文と出会って

エディンバラ大学の物理学科でのヒッグスは、秘書のオフィスに毎週持ち込まれる学術誌の管理を引き受けた。彼はそれらにザッと目を通し、表紙に日付を記して、他の研究者のために書棚に整理していた。

1961年の春、新しく届いたばかりの雑誌の1冊を手に取り、ページをめくっていたヒッグスは、ふとある記述に目を止めた。シカゴ大学の物理学者、南部陽一郎が、素粒子はどのようにして質量を獲得したのかを説明するために、超伝導体の理論を利用した論文を書いていたのだ。南部はシカゴにやって来る前に、アインシュタインとともに研究に取り込み、大きな評判を得ていた。同僚たちは南部について、「はるか先を行っていることが多いので、人は彼のことが理解できない」と語っている。

「対称性の破れ」に注目せよ

1950年代後半、科学者たちは、超伝導体をその名に恥じない存在にしているものが何であるかを解明した。超伝導体が臨界温度(超伝導体が生じる温度)まで冷やされると、2つの電子が一対のペアを形成する(これを「クーパー対」という)。

その影響は尋常ではない。超伝導体にクーパー対となった電子が現れると、それらは、空間格子があたかも存在しないかのようにふるまうのだ。科学者たちは、それらがエネルギー損失なしの動く物質、すなわち”超流動体”のようにふるまうと表現する。超伝導体が臨界温度より低い温度に保たれるかぎり、電気はほんのわずかな抵抗も受けずに移動するのだ。
超伝導体が突然、電気抵抗を失う原因となる内部のふるまいは、科学者が「対称性の破れ」と呼んでいる現象の1例である。

南部の発想の大転換は、宇宙で起こった何か他の対称性の破れが、質量のない素粒子に質量をもたらしたのではないかというものだった。

彼の論文は結果として、陽子や中性子、その他いくつかの素粒子に質量を与える対称性の破れがどのようにして起こりうるかを大まかながら説明していた。その研究は、何1つ確かめられていなかったが、ヒッグスを含め、多くの科学者たちの心に種をまいた――「対称性の破れ」は、質量の起源を探るカギになるかもしれない。

対称性が物理学の歴史に果たした重要性は、いくら誇張してもしすぎることはない。

ガレリオの時代からずっと、物理学者は対称性を自然界の法則を理解する指針と見なしてきた。物理学者は、「対称性とは、異なる環境の下でも変わらない自然の性質である」としている。
    ・
対称性はまた、私たちが当然のことと見なしている自分たちの経験に非常に深く根ざしている。科学者にとって対称性は、森羅万象がどのように働いているのかを理解するためのツールだ。もし、ある物体や自然界のプロセスの対称性がわかれば、それを理解するまでもうすぐそこまで来ている。

あなたが科学者に、自分は左手に完全な対称性をもった何かを握っていると話すとしよう。彼らはおそらく、あなたがある種の球体を手にしていると推測するだろう。ではあなたが「右手には、垂直軸を中心として完全な対称性があるが、水平軸を中心として回転させると、回転が最大限に達したときにだけ同じに見えるものをもっている」と話すとしよう。彼らは、あなたがビリヤードのキュー(ボールをつく棒)をもっていると推測するかもしれない。

チョークのついた端を観察すると、あなたがどれほど回転させようと変わらないように見える。だが、それを垂直面で横に回転させたなら、キューの先端が元の位置に戻るときだけ、同じに見える。物体の対称性を知ることは、それがどのようなものかを理解する手助けとなる可能性がある。ついでいえば、科学者たちはあなたがもっている鉛筆やアイスクリームコーンやソンブレロさえも正しく言い当ててしまうかもしれない。

南部陽一郎は2008年、対称性の破れの研究で、ノーベル物理学賞を受賞した。スウェーデン王立科学アカデミーのメンバーである、ラース・ブリンク(1943年~)が賞を手渡したとき、彼はシンプルな言葉で話し始めた。

「地球は丸い」――それに続いて、人間は対称性をいかに重要だと考えているか、そして、対称性が物理の法則を解明するのにいかに重要かについて語った。地球が丸いのは、他のあらゆる惑星と同じように、重力が対称に働いているためだ。重力はあらゆる方向に等しく引っ張っている、つまり、重力を生み出している質量の中心に向かっている。

地球は、「対称性のある法則が、対称性のある世界を形成する必要はない」ということを私たちが理解するのに役に立つ。私たちがどれくらい大きいかや、宇宙をどのように回転しているかを支配する物理学の法則には対称性がある。しかし、地球が実際には完全な球体でないことに神経をとがらせる必要はない。それは、地球が自転していて、赤道周辺でより速くなっているからだ。大陸プレートの動きが、畏敬の念を抱かせる山脈を私たちに与えてくれたのである。

物理学の法則が対称性を有しているとしても、その法則の結果が対称である必要はないということを、地球が証明している。自然界は、それを支配する法則の対称性を隠しているのだ。