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Human-Made Stuff Now Outweighs All Life on Earth
Human-Made Stuff Now Outweighs All Life on Earth
December 9, 2020 Scientific American
Humanity has reached a new milestone in its dominance of the planet: human-made objects may now outweigh all of the living beings on Earth.
Roads, houses, shopping malls, fishing vessels, printer paper, coffee mugs, smartphones and all the other infrastructure of daily life now weigh in at approximately 1.1 trillion metric tons-equal to the combined dry weight of all plants, animals, fungi, bacteria, archaea and protists on the planet. The creation of this human-made mass has rapidly accelerated over the past 120 years: Artificial objects have gone from just 3 percent of the world’s biomass in 1900 to on par with it today. And the amount of new stuff being produced every week is equivalent to the average body weight of all 7.7 billion people.
https://www.scientificamerican.com/article/human-made-stuff-now-outweighs-all-life-on-earth/
「"科学・地球_"」画像検索
『私たちが、地球に住めなくなる前に』
マーティン・リース/著、塩原通緒/訳 作品社 2019年発行
第5章 結び より
共有される希望と不安
今の私たちの頭上には、これまでに見たことのない、ともすると大惨事にもつながりかねない危険の影がちらついている。とはいえ、誰もが今日の「西洋」よりもよい暮らしができるような、持続可能で安全な世界を実現するうえで、科学的な障害は何もないのではないかと思われる。テクノロジーへの力の入れ方はバランスを見直す必要があるかもしれないが、それでも私たちはテクノロジーに関して楽観的であっていい。「責任あるイノベーション」の文化が根づいていって、とくにバイオテクノロジーや先進AIや地球工学の分野で育っていけば、そして世界のテクノロジー推進の向く先に関して優先順位が見直されれば、リスクは最小限に抑えることができるだろう。私たちはこれからも科学とテクノロジーに楽観的であるべきだ。進歩にブレーキを踏むべきではない。「予防原則」の独善的な適用には明らかな弊害がある。地球規模の脅威に対処するには、今以上にテクノロジーが必要だ――ただし、それは社会科学と倫理に導かれたものでなくてはならない。
厄介な地政学的、社会学的な要素――潜在的可能性と実情とのギャップ――は悲観を生む。本書で述べてきたシナリオ――環境悪化、止めようのない気候変動、先進テクノロジーの意図せぬ影響――がそのまま進んだら、社会は深刻な、ことによると――壊滅的な打撃を被るかもしれない。しかし各国は、そうした問題に立ち向かうべく、力を合わせて取り組まなくてはならない。長期的な計画や社会規模の計画を成立させるには制度的な欠陥がある。政治家は有権者と次の選挙のことばかりに目が向いている。株主は短期での利益を期待する。人々は今起こっていることでさえ、遠い他国でのことなら軽んじる。そして人々は、新しい世代に残していく問題点をあまりにも大きく割り引きすぎる。もっと広い視野を持たないかぎり――私たちはこの過密な世界で一蓮托生であることに気づかないかぎり――政府は長期的なプロジェクトに適正な優先順位をつけないだろう。だが、それは政治的な視野での「長期」であって、この惑星の歴史から見ればほんの一瞬にしかならないのである。
「宇宙船地球号」は虚空の中を突進している。乗客は不安といらだちでいっぱいだ。船の生命維持装置は脆弱で、いつ破損や故障に襲われてもおかしくない。それなのに、計画はほとんど練られていない。
ホライズンスキャニング(将来を見越しての変化の徴候の察知)もほとんどされていない。長期的なリスクがあることもほとんど気づかれていない。未来の世代に遺贈するものが枯渇するものが枯渇した危険な世界だなんて、なんとも情けない話ではないか。
本書の初めには、H・G・ウェルズを引用した(彼は人類について講演を行い、「私たち人類は生まれいずる生命体の頂点ではない」と語った)。そこで本書の最後には、20世紀後半の科学界の賢人、ピーター・メダワーの言葉を呼び起こそう。「人類のために鳴る鐘は――少なくともそのほとんどは――アルプスの牛たちにつけられた鈴のようなものである。この鐘は私たち自身の首につけられている。それらが朗らかなハーモニーを響かせなかったら、それは私たちの責任であるに違いない」
だから今こそ、生命の運命について楽観的なビジョンを思い描こう――それがこの世界での生命にしろ、ここから遠く離れた世界での生命にしろ。私たちは地球規模でものを考える必要がある。合理的にものを考える必要がある。長期的にものを考える必要がある。そして、21世紀のテクノロジーがそれを可能にしてくれる。ただし、その思考を導く価値観は、科学だけでは与えられない。