じじぃの「歴史・思想_556_嘘の世界史・魔女狩り」

The Craft (1996) - Official Trailer (HD)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=SxEqB--5ToI

Suspected witches kneeling before King James, Daemonologie (1597)

ザ・クラフト

ウィキペディアWikipedia) より
『ザ・クラフト』(原題:The Craft)は、1996年制作のアメリカ合衆国のオカルト・ホラー映画。
ロビン・タニー、フェアルザ・バルク、ネーヴ・キャンベル、レイチェル・トゥルー、スキート・ウールリッチ出演。
魔術をめぐる4人の女子高生の闘いを描く。2020年には続編『ザ・クラフト: レガシー』が公開された。
テクニカル・アドバイザーとして、世界的な魔女団体「女神の盟約」(COG)の主要メンバーである本物の“魔女”パット・デヴィンを迎えた。

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『とてつもない嘘の世界史』

トム・フィリップス/著、禰宜田亜希/訳 河出書房新社 2020年発行

第8章 集団で信じる妄想 より

歴史上、奇妙な集団パニックはよくあることだった。私たちは人から人へと伝染する無分別な考えを持ちやすいが、その傾向が最も強くあらわれるのが風評と集団妄想の分野であり、これはとりわけ想像していることが恐ろしいとされた場合である。パニックという概念が出てきたのはつい最近になってからだが、これは何世紀にもわたってずっとあった。そして、過去に起こったパニックは、今日、私たちが経験しているものと不気味なほど似通っている。
パニックには信じがたいほど何度も繰り返されてきた同じネタがある。たとえば、超自然的な邪悪な何かのせいで男性の生殖器が縮んだり、なくなったりするという急速に広まる恐れである。これについては歴史上、多くのさまざまな文化圏で何度も報告されてきた(医学用語で「コロ症候群」、または「生殖器退縮恐怖症」と呼ばれている)。1967年、シンガポールで陰茎が縮むというパニックが発生した。陰茎が小さくしぼみ、すっかり消えてなくなると信じた男たちがあわてて病院に駆けこみ、ある病院などは、ピーク時は日に75人もの男たちを診たと報告したいる。1990年のナイジェリアでは、魔術のせいで陰茎がなくなるという騒動があった。中世ヨーロッパでは、魔女が陰茎を盗む(そして、ときおりそれを木のなかに置いておく)ことへの恐れがよく起こっていた。
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1321年4月、フランス南西部のペリグーという街のいたるところにパニックが広まった。町の井戸に毒を入れる計画が明かされたといううわさがあった。中世に水源に毒を入れることは、今ならさしずめ大量破壊兵器を入手するのにほぼ匹敵した。
背景がわかるように言っておくが、これに先立つ数年間の大飢饉でヨーロッパは壊滅状態にあり、前代未聞の数の死者が出ていた。死の気配がそこかしこにただよい、人々は不安のただなかにいた。
ペリグーで日ごろからうわさをたてている者たちの間で、誰に白羽の矢を立てるかが決まった。ハンセン病者である。町の責任者はハンセン病を患う者たちを、ひとり残らず捕まえて、10日後に火あぶりにして殺した。そして、彼らの所有物を奪い尽くし、地元の領主たちに売り払った。
だがそれでも、ペリグーのパニックはおさまらなかった。その後、ペリグーの東にあるマルテルでも、南東150キロ以上離れたリル=シュル=タルンでも、約300キロ南のパミエールでも、ハンセン病者たちが井戸に毒を入れたとして責められた。
この考えはハンセン病者たちが感染していない大多数の者たちに病気を拡げようとしているというものだった。そう、これは病気に関する妄想症だった。だがそれだけでなく、健常者がハンセン病者になってしまうという転換や、自分たちの人口が減ってしまうという人口構成の変化に関する妄想症でもあった。異端審問官のベルナール・ギーは、ハンセン病者たちは「公共の健康を害することをもくろんでいる……健康な人たちは水を飲んだり使ったりすることで感染し、ハンセン病になるか、死ぬか、体のなかから蝕まれるかだ。そして、ハンセン病者の数はさらに増え、健康な者たちの数は減ってしまうだろう」と記した。
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それなのに、そんな大昔の話であっても、多くの点で現代のわたしたちの状況と……似ているようだ。これは根も葉もないのにめぐりめぐったうわさ話、つまり、こう言いたければ、フェイクニュースである。ある考えが山火事のように猛スピードでとめどなく広まるのは、「口コミによる情報の伝播」だと言える。これが国境を越え、時代によってありかたを変え、何度もふいにあらわれては恐ろしい結果を招いてきた。これまで見てきたように、自分たち以外の外部の邪悪な勢力が、食べ物や飲み物に異物を入れていると思いこむというパニックは、歴史上、何度も繰り返し起こってきた。そうした種類の風評は、今日でもフェイスブックで広まる風評のカテゴリーの1つとなっている。
もちろん、この種の「魔女狩り」を語るのであれば、歴史上のどの時点でもずっと起こってきた。最も注目に値する「魔女狩り」について論じる必要があるだろう。それは本物の魔女狩りである。何世紀にもわたってヨーロッパに巣食ってきた魔女狩りの狂気を描こうとするなら、サンプル数はあまりにも多い。だから、ここでは魔女狩り狂の王にしぼってお話ししよう。
歴史上の支配者の基準からしたら、スコットランドのジェームズ6世(イングランドアイルランドジェームズ1世として知られる)はまんざら悪いやつではなかった。ほどほどに正気な部類だった。宗教上の争いで分裂したいくつもの国々をなんとかまとめあげ、イングランド国教会の首長としての職務だったカトリック教徒にたいする迫害にいれこんでいたようでもなく、ほぼ確実に気にいった男の廷臣といくらでも性的関係を持てる身分に甘んじていたのだから。おまけに王ジェームズの欽定訳聖書なるものまで編纂した。これはなかなか良い聖書である。
だが、ジェームズについて1つ言えるのは、すっかり魔女に心を奪われていたことである。といっても、「魔女が出てくる昔の映画『ザ・クラフト』をVHS版で持っていて、神を真っ黒に染め、ファンタジー作家のニール・ゲイマンに心酔している」という具合に取り憑かれていたのではない。もっとこう、「拷問を自ら監督」といった感じで取り憑かれていた。
概してジェームズこそが、魔女狩りの概念をスコットランドに持ち帰り、その地のいたるところで何十年にもわたる迫害の日々を始めた張本人である。スコットランド初の大規模な魔女狩りの審判を命じたばかりか、自ら魔女狩りの本まで書き記した。その本(いやしくも王様が書いた本だけあって、ご想像のとおり)よく売れた。そして、国を挙げての魔女狩りへの執着をかき立て、このせいでおびただしい数の女たちと少なからぬ男たちあ、無駄に処刑されることになった。
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続く5、60年間でスコットランドの約1500人が魔術を用いたとして処刑された。それでも大虐殺だが、よそとくらべたら色あせる。神聖ローマ帝国のドイツ語圏ではなんと2万5000人もが殺された。その大半が女だった。魔女狩りの時代の死者はヨーロッパ全土で総計5万人とも言われている。今度、どこぞの大統領が、自分は「未曽有の最大の魔女狩り」の犠牲者だなどと言ったときのために、本当の魔女狩りがどれだけ大規模な殺戮だったかを胸に刻んでおいてほしい。
なぜ? いったいぜんたい皆は何を考えていたのか? 理由としておびただしい数の説が出されてきたが、そのせつの多くは17世紀のヨーロッパの実情と関連している。つまり、その時代のヨーロッパは、「今さえ乗り切ればいいさ」でものごとが度外れに行き当たりばったりで、いたるところで宗教・社会・政治が混沌としていた(ヨーロッパ史では「17世紀の危機」と呼ばれることもある。この時代はいたるところで大量のごたごたが乱発していたからである。ロバート・バートンの憂鬱な出来事リストがひたすら果てしなく続いていたことを思い起こしてほしい)。魔女狩りは経済の困窮から起ったのか? 小氷河期だったせいか? 男児を重んじる社会での女児虐殺の企てだったのか? はたまた、気に食わない人物を排除する巧妙なやり口だったからか?
(これは冗談ではなく、定評ある人類学者が本当にそう唱えていた。簡潔に言うと、イギリスの魔女裁判を検証すると、容疑をかけられた人々の大半はうとましい隣人だったようで、皆、女たちがいなくなって、せいせいしたという説である)。

最近の研究では、キリスト教を二分するカトリック教会とプロテスタント教会というライバル同士が、魔女狩りを事実上の営業戦略として取り入れて激化させたと言われている。