「日本にも人種差別ある」話題の"ナイキCM" 海外にルーツを持つ人も生きやすい社会とは?(2021年6月4日放送「news every.」より)
New evidence of Uighur forced labour in China’s cotton industry - BBC News
日本にも人種差別がある?
米ナイキの多様性示す広告、日本で大きな反発 なぜ?
2020年12月2日 BBC
●アメリカのスポーツ用品大手ナイキがこのほど公開した、日本での人種差別を取り上げた動画広告が、同国で反発を引き起こしている。
「動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn't Waiting (未来は待ってくれない)」というタイトルのこの広告では、人種や民族などで複数のルーツを持つ3人の若いサッカー選手が「実体験」を語っている。
これまでにソーシャルメディアで2500万回以上再生され、8万回以上シェアされている。
https://www.bbc.com/japanese/55154984
ちくま新書 SDGsがひらくビジネス新時代
竹下隆一郎(著)
SDGsの時代を迎えて、企業も消費者も大きく変わろうとしている。ビジネスの世界は一体どこへ向かっているのか? 複眼的な視点で最新動向をビビッドに描く!
序章 SNS社会が、SDGsの「きれいごと」を広めた
第1章 SDGs時代の「市民」たち
第2章 優等生化する企業
第3章 「正しさ」を求める消費者たち
第4章 衝突するアイデンティティ経済
第5章 職場が「安全地帯」になる日
最終章 SDGsが「腹落ち」するまでに
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第4章 衝突するアイデンティティ経済 より
波紋を呼んだナイキの動画広告
2020年冬にナイキは、ある強烈なメッセージを放つ動画を公開した。日本国内でマイノリティとして生きる在日コリアンの若者や、アフリカ系とみられるルーツを持つアスリートが登場する2分間の動画で、インターネットですぐ広まった。
登場する若者は、それぞれスポーツをやっている。学校の部活だろうか。プレーや練習を続けているうちに、自分のアイデンティティに悩む。日本社会の差別やいじめに直面し、「自分は普通じゃないのかな」「自分は浮いている」と感じるようになる。「もっと馴染んだほうがいいのかな」と、他の若者と自分との違いに目がいく。そうしたなか、若きアスリートたちは、差別を当たり前とせず、誰もがありのままに生きられる社会を実現するために走り出す。公開から1週間のうちに、ユーチューブ上で1千万回再生された。
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ジャーナリストのデービッド・グッドハートが指摘したように、社会にはにAnywhereな人とにSomewhereな人がいる。前者はパソコンが1台あれば国境を越えてどこでも働くことができる。一方、Somewhereな人は、生まれ育った場所など特定の地域で暮らす。地元で育ち、地元の学校を出て、地元で就職をする。グッドハートはイギリス社会などを描いていたが、日本に住む私たちも身につまされる。
Anywhereな人は、地域や国境を軽々と越えていく。国境を越えて生きるAnywhereな人と、地域にとどまるSomewhereの人との分断。グローバル化とナショナリズムの衝突。動画を批判したのは、実は後者の属する人だったのではないか。日本で生まれ、日本から脱け出すことができない人たち。その日本が「差別的な社会」と批判されたことで、自身のアイデンティティを傷つけられたと感じたのかもしれない。
ナイキの動画はアイデンティティを傷つける?
私は、このナイキの動画を支持する立場だ。そんな私でも、外資系企業のナイキが日本でもかなりデリケートな話題に「土足で踏み込んできた」ように感じて人たちがいただろうことは容易に想像がつく。人によっては日本を糾弾しているようにも思えただろう。
特に海外ブランドのPR動画に出てくるような人たちは、キラキラと輝いていて自分だけの力で自由に生き抜いているように思える。まさにAnywhereな人だ。
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つまりアイデンティティに立ち向かうということをベースにしたPRをするということは、「環境に配慮していますか?」という先の事例で見たように、そこで示されたアイデンティティに帰属できない人たちのアイデンティティを傷つけてしまうのだ。
ビジネスと人権
アイデンティティ同士の衝突は、国際ビジネスの場でもよく起きている。だから、日本企業にとっても他人ごとではない。ここからは、「ビジネスと人権」というキーワードをもとに考えていきたい。
ビジネスと人権はここ1、2年でようやく日本に広がってきた概念だ。ビジネス活動を展開する際に、人権侵害リストをきちんと把握して、その課題に企業がしっかり取り組まないと、国際的な批判を浴びるようになってきた。人権団体から企業が名指して批判されたり、不買運動につながったり、場合によっては投資を受けられなくなるケースも出てきた。
本来、人権派「リスク」ではなく、誰にとっても「根本的な権利」だが、ここではビジネスの文脈に則して議論を展開するので、リスクという言葉を使う。
特に2000年代以降、東南アジアのパーム農園やアフリカの鉱山などでの劣悪な労働環境が広く知られるようになった。グローバル化のもとで企業が世界中から原材料を仕入れたり、工場を設置したりするようになるなか、「責任ある調達」「生産過程に対する倫理的な責任」を求める声が世界的に広がり、国際的な人権団体などが実態を明らかにしてきた。特にEU諸国では、自国内の企業にサプライチェーンの人権侵害のリスクについて調査を求めたり、児童労働に厳しく対処する法律を制定したりと、ルールが次々と作られている。人権デューデリジェンス(Due Diligence)という言葉もここ数年で広がっている。デューデリジェンスとは、企業買収などに際して、買収先の財務状況や人材を調べ、企業価値を調べるという意味の金融用語だ。そこに「人権」という言葉が加わった。そこでは、企業の人権方針のみならず、生産過程や原料の調達において強制労働が行われていないかを投資家も調べるようになった。経済協力開発機構(OECD)や国連も、対応を加速させている。企業の透明性、安全、人権への配慮などを調査する「ソーシャル・オーディター」という職業も出てきた。
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2021年にはアメリカでバイデン政権が誕生した。中国に対し、引き続き厳しい態度を取ったことで、中国の新疆ウイグル自治区における人権問題がいっそうクローズアップされた。新疆ウイグル自治区は、良質な綿の産地として知られるが、ここで強制労働が行われていると報じられた。それに対して中国は強制労働を否定している。
日本企業もこの問題とは無関係ではない。オーストラリアのシンクタンク「豪戦略政策研究所(ASPI)」が2020年に発表した報告書では、グローバル企業82社が、ウイグル族を強制労働させている中国の工場と取引をしているとされた。その中にユニクロなど日本のブランド(企業)14社の名前があったことは衝撃的だった。