じじぃの「科学・地球_231_SDGsがひらくビジネス新時代・序章」

SDGsってなんだろう?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wSQYKS7rRKY

ちくま新書 SDGsがひらくビジネス新時代

竹下隆一郎(著)
SDGsの時代を迎えて、企業も消費者も大きく変わろうとしている。ビジネスの世界は一体どこへ向かっているのか? 複眼的な視点で最新動向をビビッドに描く!
序章 SNS社会が、SDGsの「きれいごと」を広めた
第1章 SDGs時代の「市民」たち
第2章 優等生化する企業
第3章 「正しさ」を求める消費者たち
第4章 衝突するアイデンティティ経済
第5章 職場が「安全地帯」になる日
最終章 SDGsが「腹落ち」するまでに

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SDGsがひらくビジネス新時代』

竹下隆一郎/著 ちくま新書 2021年発行

序章 SNS社会が、SDGsの「きれいごと」を広めた より

本書では、アイデンティティを「個人の属性、生き方や価値観にもとづく自分らしさ」と定義する。しかも、その価値観は「他の仲間たち」とも共有できることにポイントがある。人種、組織、民族などに私たちは帰属意識を感じ、アイデンティティを形づくる。「私は日本人だ」「僕はキリスト教徒だ」というのも仲間と共有できるアイデンティティになるし、「私はトヨタ自動車の社員だ」というのもアイデンティティになり得るだろう。
それに加えて、本書では「自分は地球環境を大事にしたい」「私はジェンダー平等を実現したい」というSDGs的な価値観も「アイデンティティ」だと広い意味で考える。
いま、ビジネスは、アイデンティティによって動いている。消費者は値段の安さやデザインだけでなく、「地球環境に考慮しているのか、どうか」でも商品を選ぶようになった。「衝動買い」という言葉があるように、感情によって購買行動が変わる経験に誰にでもあるが、それが、それが信念によっても変化するようになってきた。世界大手のPR会社エデルマンは、それを「ビリーフ・ドリブン(信念にもとづく消費)」と表現した。
「ビリーフ・ドリブン」な購買者たちは、商品を買ったら、すぐにSNSに投稿する。経営者がジェンダー平等に反する発言をしたら、ツイッターでそのことが批判され、あっという間に炎上して売り上げに影響し、社員が離れる。問題提起をした人のSNS投稿には、またたく間に賛同者が現れ、同じ価値観を持った仲間ができ、自分のアイデンティティとなっていく。そのうねりが、企業を追い込む。時には株価にも影響する。SNSは、一言でいえば、「あまりにも当たり前すぎること」を率直にいう場所だ。ひねった文章は、かえって誤解を生む。複雑に入り組んだ「大人の事情」は嫌われる。深い議論なんて、成立した試しがない。誰にでも伝わる、少し子どもっぽいピュアな投稿のほうがポジティブに拡散する。堅苦しい表現や、社会的立場にもとづいた表現ではなく、「個人的なこと」を発信したほうが話題を呼ぶ。みんなが「いいね」を求めているからだ。

世界の投資マネーが「ESG投資に」

SDGsと切っても切れない関係にある「ESG投資(従来の財務情報だけでなく環境・社会・ガバナンス要素も考慮した投資のこと)」は、世界の運用資金の3分の1を占めているとされる。社会課題はビジネスチャンスと考えている企業に投資マネーが流れ込んでいる。
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ESG投資については、20世紀前半にキリスト教会が、アルコールやとばく関連の企業を投資対象から外したことをその始まりとする見方もある。ところが現代のESGは、企業価値や利益を重視するからこそ、急速に広まっている。言うまでもなく、金融では信用が大切だ。その信用は、各種情報から築かれる。SNS社会とは、情報がダダ漏れする社会だ。環境問題に取り組む新しいビジネスやジェンダー平等への企業の取り組みなどの評判は、ネットを通じてあっという間に広がっていく。NGOも、株主提案権を行使して企業にモノを言い、ネットで公表する。それに対応できる企業は将来性が期待できる。投資家はこうしたことも判断材料に入れる。市民の価値観と、シビアな経済合理性が絡まり合い、大きな力となって企業を動かす。ESGやSDGsは「きれいごと」だ。だからこそ市民やNGOも、そこでの議論に加わりやすい。こうして異分野同士がスピーディにコミュニケートしていく。まさにSNS社会ならではのダイナミズムだ。

グレタ・トゥーンベリさんの衝撃

本章の最後では、世界の経営者たちに衝撃を与えた、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんの活動を振り返る。
グレタ・トゥーンベリさんは2018年8月、スウェーデンの国会議事堂前で、「学校ストライキ」を始めた。当時15歳。若者たちの圧倒的共感を呼び、日本を含む160ヵ国以上で400万人が参加する大規模なデモにつながった。あまり知られていないが、彼女はその半年間に起きたアメリカのフロリダ州の高校での銃乱射事件を受けて授業をボイコットした高校生の運動に大きく触発されている。個人の「思い」など、心をベースに盛り上がる社会運動は、別の誰かの心を動かし、まるで「感染」するように伝播していく。そうしたことは歴史のさまざまな舞台で起きていた。
彼女の名前が日本でも広く知ら渡るきっかけとなったのが、2019年9月にニューヨークで開かれた国連気候行動サミットだ。日本からは、新大臣として期待を寄せられた小泉進次郎環境大臣が参加し、マスコミの注目度も高かった。2人とも、SNSで誰もが話題にしたくなるような「アイコン」としての力があるというのもポイントだった。
このサミットでグレタ・トゥーンベリさんは、気候変動に対する警告が科学者たちから発信されてきたにもかかわらず、政治家やビジネスリーダーたちが見て見ぬ振りをしてきたことを批判。「あなたたちは私の夢や子ども時代を、空っぽな言葉で奪ってきた」「あなたたちはお金の話や、終わりなき経済成長のおとぎ話ばかり(をしてきた)」と印象的な言葉を次々と残し、「よくもまあ。そんなことを(How dare you)」という、ネットのスラングで言うところの「パンチラインSNSで拡散するような、短くて決定的な言葉)」を発した。

グレタ・トゥーンベリさんは、それから数ヵ月後に開かれたダボス会議世界経済フォーラム)でも注目を浴びる。

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グレタ・トゥーンベリさんの国連スピーチは、多くのメディアがSNS向けに動画を編集し、自社メディアのツイッターで流した。どれも数十万件の視聴があり、次々と拡散され、どんどん広がっていった。私はSDGsについてボランティアで教えるため、東京都のある小学校を訪ねたとき、スピーチの動画を教室で流したことがある。SDGsについて知らない小学3年の児童も、直感的に「地球に大変なことが起こっている」と分かるほどだった。理屈や論理を超えて、感情をベースに訴えていたからだろう。グレタ・トゥーンベリさんはSNS社会向きの資質を多く備えている。