【富岳】未来を引き寄せる力 ロングバージョン
スパコン:「Fugaku」連続で4達成:日本のSIMD技術(動画)
2020年11月25日 Tokio X'press
http://tokiox.com/wp/fugaku-achieved-four-crowns-in-a-row/
中公新書ラクレ 「スパコン富岳」後の日本――科学技術立国は復活できるか
小林雅一(著)
はじめに――日本の科学技術が世界を再びリードする日
第1章 富岳(Fugaku)世界No.1の衝撃
第2章 AI半導体とハイテク・ジャパン復活の好機
第3章 富岳をどう活用して成果を出すか――新型コロナ対策、がんゲノム医療、宇宙シミュレーション
第4章 米中ハイテク覇権争いと日本――エクサ・スケールをめぐる熾烈な国際競争
第5章 ネクスト・ステージ:量子コンピュータ 日本の実力
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第1章 富岳(Fugaku)世界No.1の衝撃 より
2020年6月、スーパーコンピュータの計算速度などを競う世界ランキングで、日本を8年半振りの首位に導いた富岳。コロナ禍に沈む暗い予想の中で、久しぶりの明るいニュースとなった。毎年2回発表されるランキングで、富岳は同年11月にも2期連続となる世界一に認定された。
スパコンはそれを開発した国の技術・経済力など「国力」を反映すると言われる。1993年に米独の研究者らが世界ランキングを発表し始めてから15年余りの間は、日本と米国のスパコンがほぼ交代で首位を占めてきた。しかし2010年以降は中国がそこに割り込み、近年は米中の2強体制になっていた。
今回、理研と富士通が共同開発した富岳によって、日本が逆にその2強体制に割って入った形だ。確かに米中両国は今、計算速度において「エクサ(10の18乗=100京)」級と呼ばれる次世代スパコンを開発中で、これら超高速マシンはいずれ追い抜かれるだろう。
しかし、この種のスピード競争は将来にわたって続き、さらにその先、日本のマシンが逆に米中を追い抜くことも十分考えられる。重要なのは一時の順位ではなく、日本が今でもスパコンに代表される世界的なハイテク開発競争の最前線にあると立証された点にある。
それによって日本の技術者やビジネスパーソン、ひいては産業界全体が少なからず自信を取り戻せたことには大きな意味があるだろう。
富岳が持つ、もう一つの重要な意味はおそらく、これからの日本が厳しい国際社会の中で生き抜いていくために、何を頼りにすべきかをあらためて示したことにある。
――スパコンという大規模システムの開発チームをまとめるには、どのようなモットーや工夫が必要とされるのでしょうか。
スケジュール感をしっかり工夫するのが大切です。重要なマイルストーンやシンプルなゴールを皆が共有できてこそ大きなチームが働いていきます。富岳の場合、開発プロジェクトが始まる前のフィージビリティ・スタディ(実行可能性調査)によって、スケジュールや達成する目標のイメージを描くことができました。
――スパコンの性能には、個々のプロセッサ(CPU)の速度から、それらプロセッサ間の通信機能までさまざまな要素が絡んできますが、富岳の技術的成功には、どの部分が最も効いているのでしょうか。
一言でいうと。個々の技術的要素に対する投資の考え方がうまくいったと思います。
たとえばランキングの「TOP500」ではCPUの演算処理、同じく「HPCG」ではCPU同士をつなぐインターコネクトがとても重要になります。「Graph500」ではメモリアクセス性能と通信時間、「HPL-AI」では半精度演算(16ビット演算)と通信ライブラリの最適化が効く。これらの要素はすべて複雑に関わり合い、トレードオフも生じますが、それをアプリケーション性能の向上の観点から強化したことが、結果的にバランス良い実装につながったと考えています。
――「A64FX」はHPEクレイも自社製マシンへの採用を決めるなど海外でも高く評価されています。成功の理由は何でしょうか。
同じく「そのテクノロジーでどこに投資するか」が重要です。A64FXはスパコン用ということもあって、大規模アプリケーション性能に大きな影響を与えるメモリバンド幅に投資しています。逆にHPCの向上につながらない投資(実装)は抑えています。CPUのような半導体開発に魔法はなく、投資に関する取捨選択がポイントになるのです。これが自信をもってできたのは、理研やさまざまな分野の研究者からなるコデザイン(共同設計)推進チームのお蔭です。
――日本の半導体産業は80年代までDRAMなどメモリ分野で世界を席巻していましたが、以降は日米半導体協定などを機に衰退していきました。往年の日本の半導体技術は一種のレガシーとしてA64FXの開発に活かされたのでしょうか。
メモリとCPUでは分野が違います。もちろん当時、日本はシリコン(半導体)の製造技術という面では進んでいましたが、残念ながら今ではそうではありません。現在、シリコン(CPU)は台湾のTSMCが製造しているのですが、テクノロジー周りの長い経験は、A64FXの成功に寄与したと思います。
また今回、米国のスパコン・ベンダーがこのCPUを採用したのは、その性能と共に、英半導体メーカーARM(アーム)が提供する命令セット・アーキテクチャ(計算用の命令体系)をサポートした点が大きいと思います。
――ARMは具体的にどんな貢献をしたのですか。
ARMがいろんなベンダーやカスタマーに受け入れられている理由は、コンパチビリティ(互換性)をしっかり維持しているからだと考えています。
ARMの命令セットに準拠していれば、アイフォーンで動くアプリが富岳でも動く。つまり普段使っているアプリが富岳でもそのまま使えることがお客様にとってはとても価値がある。単に紙の仕様書にそう書かれているだけでなく、OS(基本ソフト)や環境面までしっかりメンテナンスすることで互換性を保証しています。だから我々は安心して、それに準拠したCPUを開発することができるのです。
――現在の富岳をチューンアップすれば、来年(2021年)LINPACKでエクサ・フロップスを達成できますか。
富岳のピーク性能(理論的な性能値)は537ペタ・フロップスなので、エクサ・フロップスは超えられません。ただ、半精度演算であれば、既にHPL-AIで1.42エクサ・フロップスに達しています。
――ピーク性能は結局、予算の決まってしまう、という意見もありますが。
実際、その通りですが、ただピーク性能が高ければ良いというわけではありません。限られた予算の中で、実際のアプリケーション性能(実行効率)をどう引き出すかが本当の勝負なのです。ふんだんに資金・物量を投入すればピーク性能は高まりますが、実際にお客さんが使うアプリケーションが速くなるとは限りません。
TOP500では、京や富岳はピーク性能に対して80%以上の実行効率が得られています。他のスパコンは80%に達していません。そこが我々の技術だと思っています。