じじぃの「科学・地球_135_がんとは何か・がんがしぶとく生き残る術」

がん免疫療法の進歩

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XKYFzEwTg6o

「がん悪液質」が招く体重の減少や筋力の低下


がん病態生理学分野

愛知県がんセンター研究所

3)がん悪液質の研究 ~「がん悪液質」が招く体重の減少や筋力の低下

体の代謝のバランスは多くの臓器間の連携により保たれています。がんが進行するとその連携が乱れて代謝のバランスが崩れ、「がん悪液質」になります。
この原因の一つとして知られているのが炎症性サイトカインと呼ばれる物質が過剰に放出されることです。がんや周辺細胞から作り出された炎症性サイトカインが慢性的な炎症を起こし、肝臓や筋肉、脂肪組織など多臓器間の連携を攪乱して代謝の異常をきたし、体重の減少や筋力低下を招くと考えられています。
https://www.pref.aichi.jp/cancer-center/ri/01bumon/07bunshi_byotai/01kenkyu_ipan.html

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで

編:国立がん研究センター研究所
いまや日本人の2人に1人が一生に一度はがんにかかり、年間100万人以上が新たにがんを発症する時代。
高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、ゲノム医療の急速な進展で、「がん根治」の手がかりが見えてきた。世界トップレベルの研究者たちが語ったがん研究の最前線
第1章 がんとは何か?
第2章 どうして生じるか?
第3章 がんがしぶとく生き残る術
第4章 がんと老化の複雑な関係
第5章 再発と転移
第6章 がんを見つける、見極める
第7章 予防できるのか?
第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療

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『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで』

国立がん研究センター研究所/編 ブルーバックス 2018年発行

第3章 がんがしぶとく生き残る術 より

がんは全身の免疫機能を抑え込む

ここで、がんと免疫のかかわりのさらに複雑でダイナミックな様相を紹介したいと思います。
がん細胞は免疫系細胞から攻撃される一方ではなく、局所にとどまっている段階のがん組織が、実は逆に全身の免疫系に対して影響を及ぼしていることがわかってきました。免疫系を弱らせて機能を麻痺させ、がん細胞を攻撃する力を奪ってしまうのです。これではがんを攻撃し排除する免疫系の巧妙なしくみも台無しです。全身に免疫抑制状態が生じる結果、がんに対して抗がん剤療法や免疫療法を行っても、治療抵抗性が生じて効果が減退します。
がん組織を顕微鏡でのぞいてみると、けっしてがん細胞だけが密に詰まっているわけではないことがわかります。がん組織は、がん組織のほかに、血管系、免疫系、間質系など、さまざまな細胞集団や組織から成り立っています。血管系はがんに栄養を供給し、間質系は多様な細胞集団でがん細胞を取り囲み、支えています。間質細胞には腺維芽細胞、間葉系幹細胞、また血管内皮細胞などが存在します。
がん組織の内部では、こうしたさまざまな細胞が相互作用を営みながら微小なコミュニティーを形成しています。従来、がんと免疫の戦いのなかではがん細胞VS.免疫細胞という関係に関心が向けられてきました。しかし、第3のプレイヤーとしての間質細胞が意外にも重要な役回りを担っている様子が、近年、解き明かされつつあります。重要なのはどうやら、がん細胞・免疫細胞・間質細胞の3者がつくるネットワークを解明することではないか、と考えられるようになってきました。

攻撃にブレーキをかける細胞がある

がん細胞が、人間などその宿主の免疫細胞からの攻撃を抑制して逃避するにあたっては、おもな戦略が4つあります。免疫抑制環境はこれらの組み合わせによってできあがっています。
第1は、がん細胞の表面に存在する主要組織適合遺伝子複合体(MHC)およびがん抗原の産生を低下させることです。
MHCとは自己と非自己を識別する最も基本的な標識であり、細胞表面に存在する糖タンパクであるMHCクラス1分子は、がん細胞がつくる抗原ペプチドと結合して細胞表面に提示する働きをしています。がん細胞を攻撃するはずのキラーT細胞は、このMHC分子とそれに結合したペプチドを合わせて認識しますが、MHCクラス1分子が消えてしまうとがん抗原を見つけられなくなるため、がんをがんとして認識できなくなり、本来の役割を果たすことができません。また、がん抗原そのものの発現が低下すると、細胞表面のMHCクラス1分子が健在であっても、がんを攻撃する目標が失われるため、攻撃ができなくなります。
2番目は、がん細胞がさまざまな免疫抑制性サイトカインを分泌することです。
サイトカインは細胞が分泌する微量の生理活性タンパク質の総称で、たくさんの種類が知られています。免疫抑制作用をもつサイトカインには、免疫系全体を抑制するTGF-β、免疫反応を増強する炎症性サイトカインの産生を抑えるIL-10、血管新生を促すとともに、樹状細胞の抗原提示機能を不全にするVEGFなどがあります。
さらに、がん細胞は免疫を抑制する働きをもつ酵素をつくることで、がん攻撃に加わるT細胞を弱体化する戦略ももち合わせています。ヘルパーT細胞やキラーT細胞はアミノ酸の欠乏が苦手で、アミノ酸のひとつであるアルギニンを分解する酵素アルギナーゼやトリプトファンを分解する酵素インドールアミンデヒドロベナーゼなどが豊富にある環境では、活力が低下して細胞死にいたることもあります。また、酵素によって分解した産物がT細胞の活性化を妨げることも知られています。T細胞のこんな弱点を狙った免疫抑制戦略が酵素の産生です。
3番目は、免疫抑制機能をもった細胞をがん組織の内部や周囲に呼び寄せて防御態勢をかまめる戦略です。
免疫のしくみにおいて、過剰な免疫応答を抑制するブレーキが存在することは前に紹介しました。ブレーキがなければ、免疫系が暴走してやっかいな自己免疫疾患が生じます。そうしたブレーキ役の細胞を代表するのが制御性T細胞です。1980年代から自己免疫や免疫抑制に関心をもって研究を続けていた大阪大学の坂口志文特任教授が1995年にみつけ、2000年の論文ではじめて命名しました(発表当時、京都大学再生医学研究所教授)。
制御性T細胞のほかに、骨髄由来免疫抑制細胞もブレーキ機能をもつ細胞としてよく知られています。この細胞は骨髄由来の未熟な細胞で正体はまだよくわからないところが多く、さまざまの細胞が集まった不均一な集団と考えられていますが、がんが進行すると血液のなかにMDSC(骨髄由来抑制細胞)が多く現れることが知られています。
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4番目の戦略は、がん細胞が、攻撃してくるT細胞を無力化するシグナルを送ることです。
ここでいうシグナルとは、具体的には免疫系の細胞にネガティブフィードバックをかける分子群を指します。これらの分子は「免疫チェックポイント分子」と呼ばれ、最近はがん治療薬に関連して広く注目を集めているので、この名称を耳にしたことがある読者も多いと思います。チェックポイントとは検問所を意味しています。
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がん細胞がどのようにして宿主の免疫監視機構を突破して生き延びるのか、ここまで説明したところをまとめておきましょう。
がんは、がん免疫エディティング(編集機構)の長い過程を経て、宿主の免疫監視機構を突破し、増殖します。そして、がん細胞が宿主の免疫を抑制する方法はおもに4つあり、①MHCクラス1分子やがん抗原の発現を低下される、②がん細胞が免疫抑制性サイトカインを分泌する、③がん組織が免疫抑制性細胞を呼びよせる、④がん細胞が免疫細胞を抑制するシグナルを送る、がその戦略です。

長い歴史をもつ、がん免疫療法

『サイエンス』誌は毎年末、その年で最も革新的だった科学研究や技術の成果10件を選び、「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」として発表しています。
2013年12月、そのトップに選ばれたのが、がんの免疫療法でした。「今年、がんに転機が訪れた」という、選んだ理由の説明が印象的でした。
転機とは何を指していたのでしょうか。主役は前項で紹介した免疫チェックポイント分子CTLA-4やPD-1の阻害剤です。これらの免疫チェックポイント分子に対する抗体をがん患者に投与する免疫療法の臨床試験が行われ、。めざましい成績を収めたことを転機と評価したのです。
この方法は、がん細胞を標的として攻撃力を高める免疫療法でもなく、もちろん標的分子を特定せずに漠然と患者の免疫力を高めるといった治療法でもなく、免疫のしくみについての分子レベルの理解に基づいて、がんによる免疫抑制のしくみを解除する方法であることが革新的だったのです。