“退屈な10億年”は飢えと酸欠の時代だった
“退屈な10億年”は飢えと酸欠の時代だった
2018/10/05 東京大学大学院理学系研究科理学部
いまから約18億年前から8億年前の時代は、“退屈な10億年(Boring Billion)”と呼ばれています。
その前後の時代には全球凍結現象や酸素濃度上昇現象といった大規模な環境変動の記録が残されているのに対して、この時代は特筆すべき大きな環境変動が認められず、生命進化の観点からも大きな進展がみられないためです。当時の地球環境を特徴づけるもう一つの重要な側面は、大気中の遊離酸素(O2)濃度が現在の数%以下と非常に低濃度であり、海洋内部も無酸素条件にあったと考えられることです。そのような貧/無酸素な地球環境が障壁となって、真核生物の多様化や放散およびそれに続く後生動物の出現が生じなかった可能性が指摘されています。しかしながら、なぜ当時の地球環境がO2に乏しかったのか、その原因については未解明でした。
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/6080/
はじめに より
岩石に刻まれた記録を調べるほど、生物と無生物のどちらも含めた自然界が、何度も形を変えているのがわかる。
これまで語られなかった壮大で複雑に絡み合った生命と非生命の領域には驚きがあふれている。私たちはそれらを分かち合わなくてはならない。それは私たちが地球だからだ。地球上の物質すべて、私たちの肉体をつくる原子と分子も、地球から生まれ、地球に戻る。私たちの故郷を知ることは、私たちの一部を知ることなのだ。
第1章 誕生 地球の形成
第2章 大衝突 月の形成
第3章 黒い地球 最初の玄武岩の殻
第4章 青い地球 海洋の形成
第5章 灰色の地球 最初の花崗岩の殻
第6章 生きている地球 生命の起源
第7章 赤い地球 光合成と大酸化イベント
第8章 「退屈な」10億年 鉱物の大変化
第9章 白い地球 全球凍結と温暖化のサイクル
第10章 緑の地球 陸上生物圏の出現
第11章 未来 惑星変化のシナリオ
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
第8章 「退屈な」10億年 鉱物の大変化 より
不変の時代
化石の記録も、大陸間海洋の変化に時間がかかったという見方を裏付けている。20億年から10億年前に堆積した岩石には、微小な化石がとてもよい状態で残されている。19億年前のガンフリント・チャート(北米)、14億年前から15億年前の高於荘(中国河北省)、12億年前のアヴジャン累層(ロシアのウラル山脈)で発見された小さな化石は、微生物の姿がはっきりと刻印されていて(分裂の真っ最中のものもある)、現代の生物とそっくりに見える。しかしどれほど質のよい化石が見つかっても、やはり変化が少なかったことが示されただけで、地球史上、あの時代に本質的に新しいことは何もなかったようだ。
海に酸素が存在せず、硫黄が多く含まれていた大陸間海洋の時代が長く続いたことは、生物にとってよい面と悪い面があった。プラスの面は、流入した硫酸塩が一部の微生物にとって申し分のないエネルギー源となったことだ。それらの生物は硫酸塩を硫化物に還元して暮らしを立てていた。分子生物マーカーや硫黄同位体データ、チャートに含まれた保存状態のよい微生物などの化石記録の手がかりすべてが、中原生代の海岸に緑や紫の硫黄細菌が大量に棲息していたことを示している。それらの微生物は(現在でも酸素のない環境で見られるものもある)有機硫黄化合物を生産するのだが、それは壊れた汚水タンク並みのひどい臭いを発っする。
・
ドナルド・キャンフィールド(南デンマーク大学の地質学者。大陸間海洋では酸素ではなく硫黄が大きな役割を果たしていたという説を提唱した)の論文以降、中原生代の地球化学と古生物学に関わる論文が相次いで発表された。20年前には、これら2つの分野の研究者が話をするのも稀だった。最後に結論を述べると、大陸間海岸には微生物が存在していたが、多く棲息していたのは海岸付近だけだった。硫黄を還元するバクテリアが、酸素を生産する藻類と共存していた。10億年の間、生物はこの世界に生き続けていたが、生物学的に新しいことはほとんど起こらなかった。
ミステリー
新しい鉱物が急速に増えたのは超大陸サイクルの結果で、退屈な10億年の特徴的な現象なのだろうか? あるいは酸素の増加に対する反応が、遅れて起きただけなのだろうか? そして水銀についてはどう考えればいいのだろう? 硫黄が豊富な海でできたということで、すべて説明できるのだろうか? 鉱物をつくっている他のおよそ50の元素の研究から、どのような驚くべき新しい結果が明らかにあるのだろうか? はっきりしているのは、まだ学ぶべきことがたくさんあるということだ。私たちがあの10億年間の豊かさに目を向け始めたのは、つい最近なのだ。
この記録に乏しい時代にも、地球の進化の各段階を特徴づける止められない変化のプロセスがあった。8億5000万年前には、地球の地表近くの環境は不可逆的な変化を遂げていた。しだいに酸素が増えていた海岸付近には藻類をはじめとする他の微生物(臭い硫黄細菌を含め)が満ち、陸地には新しい生物が出現する用意ができていた。
少なくともミステリアスな”それほ退屈ではない10億年”は、地球でいくつもの相対する力が微妙なバランスを保ち、停滞した状態に陥る可能性があることを教えてくれている重力と熱流量、硫黄と酸素、水と生物は、何億年もの時間、安定した均衡状態を見つけてそれを保つことができる。しかし、常にしかしはある。これらの力のどれかが少し動いたら地球のバランスが崩れ、それが転換点に到達すると、予想できない結果をもたらすかもしれない。それが急激な変化で地表近くの環境を数年のうちに崩壊さえてしまう可能性があるのだ。
次に起こったのが、まさにそれである。