日本が提供の新型コロナウイルスワクチンが台湾に到着
論点19 習近平政治が引き起こす米中分断の危機 より
【執筆者】中澤克二(編集委員)
1984年の中英共同宣言を経て、国連事務局にも登録された公認の約束事を中国政府は簡単に反故にしたのである。香港では、「光復香港 時代革命」と黒地に白い字で書かれた2019年以来の香港デモの旗印を所持していただけでも拘束、逮捕される場合がある。驚くばかりだ。もはや香港に、われわれが考える言論の自由は存在しないといってよい。
しかも同法には、香港に居住していない外国人が香港の外で行った行為まで処罰対象にする内容が含まれる。理論的には世界中の誰もが、中国がいう「国家分裂」などの行為をすれば、香港や中国に入った際、罪に問われかねない。香港と犯罪人引き渡し条約を結んでいる各国は、この条項の適用がありうるとみて、続々と効力停止などの対策を取りつつある。
軍事圧力を警戒する台湾、そして南シナ海
香港の「一国二制度」は、そもそも台湾統一の手段として編み出されたものだった。だが、中国は香港住民の民意を無視するかたちで香港国家安全維持法を施行。香港の繁栄の基礎をなす貴重な「高度の自治」を形骸化させつつある。中国の強硬姿勢はかつてないもので、台湾をめぐっても今後、何が起きてもおかしくない。
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香港への強硬措置の次は台湾が標的になりかねない――。台湾では与野党を問わず、こうした認識が広がりつつある。
ここには緊迫する米中対立も絡む。万一、台湾周辺で偶発的衝突があれば日本の安全保障に直結するだけに十分な警戒が必要だ。過去に例もある。1996年、初の総統直接選挙で、先に97歳で亡くなった李登輝が総統に選ばれる直前までの経緯である。
独立を警戒する中国は軍事演習を行い、台湾付近にミサイルまで発射した。米国は空母2隻を台湾海峡に派遣し、一触即発の事態に至ったのである。今後、似たような機器が再現されないとは限らない。
2022年共産党大会に向けた前哨戦
中国の内政では2021年7月に、共産党創設100年という、習近平にとっての晴れ舞台がある。そして2022年秋は次期共産党大会が控える。権力をめぐる闘争は、2022年党大会を見据えた水面下の前哨戦に入る。
習近平は2018年に憲法を改正し、国家主席としての任期制限を撤廃した。この枠組みを利用して国家主義を続投するのか、それとも新たな党のポストを用意してそこに座るのか。さまざまな選択肢があるが。党のトップが習であることは変わらない。
もしそうならないなら、習が内部の闘いに敗れたことを意味する。いわば政変である。未曽有の経済低迷、米中関係の破綻、インドなど周辺国家との対峙が続けば、これまで独断的に政権運営を進めたツケが一気にのしかかって最悪のケースがないとはいいきれない。習はトップに就いてから、苛烈な「反腐敗」運動で政敵を追い落としながら権力を固めてきた。とはいえ、習時代になってすでに8年も経過したのに国民が心から実感できる経済面での成果に乏しい。この8年、成長率は一貫して下がってきている。もちろんすべてが習のせいだというのは酷だろう。しかし、事実は事実である。
世界でコロナ禍が長期化し、グローバル経済から利益を得られなくなれば、ますます中国経済の不安要因は増す。サプライチェーンを含む米中分断のリスクを視野に入れる多くの外資が、すでに中国への1極集中を避け、多様化を進めている。一方、これまで勢いがあった中国企業も海外活動を制約されるケースが増えてきた。先行きは激しく安心できる状態ではない。
見通し立たぬ習主席の国賓訪日
日中関係は再び難しい局面に入っている。習近平は2019年6月末、首相の安倍晋三との大阪会談で思い切った決断に踏み切った。2020年春、桜の咲くころの国賓訪問が固まったのである。ところが情勢は一変した。中国河北省武漢での蔓延、そして世界に飛び火したコロナ禍は日中関係にも計り知れない影響を与えている。
2020年夏の東京五輪が延期になったのは、中国が情報を隠蔽し、初期対応に失敗したせいだ――。これが多くの日本人の偽らざる実感だろう。このままでは2021年夏の開催も危うい。しかもコロナ禍は、日本経済にも深刻な打撃を与えた。7月末時点の2020年の日本の成長率見通しはマイナス4.5%。未曽有の落ち込みである。
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沖縄県の尖閣諸島の問題も引き続き懸念材料だ。尖閣周辺の接続水域では、中国海警局の公船がかなり長期にわたって確認されている。日本の国有化に反発した中国で激烈な反日デモが起きた2012年9月以降、見られなかった日数である。
中国は太平洋でも動いている。中国の海洋調査船が沖ノ鳥島近くの日本の排他的経済水域(EEZ)内で海洋調査とみられる活動をしている。日本政府は外交ルートを通じて抗議したが、中国外務省は「岩礁であって島でななく、EEZや大陸棚は付属しない。日本側の許可は必要ない」と主張する。
すでに日本企業の一部には、生産拠点を中国から移す働きがある。中国が今後、経済的に重要な日本をさらに米側に追いやり、習近平訪日まで潰しかねない強硬な対日圧力に出るのかどうか。
もはや習近平の年内訪日は困難だ。今後はどうか。注目点はまず、来夏の東京五輪の行方である。たとえ1年遅れでも来夏までにコロナ禍がほぼ克服され、東京五輪を開けるめどが立つなら、心機一転、訪日を再調整する余地が生まれる。
2021年夏の東京五輪の行方は、翌2022年初めに予定される北京冬季五輪の開催をも左右する。世界的にコロナ禍が収束していないという理由で東京五輪が中止になるなら、ウイルスの活動が活発になる冬はもっと危険だ。この点から見ても日中関係の先行きは読めない。コロナ禍、香港問題、米中対立、東京五輪……。習近平の国賓訪日問題は漂流している。