じじぃの「歴史・思想_491_大分断・ポスト民主主義に突入したヨーロッパ」

【紹介】シャルリとは誰か 人種差別と没落する西欧 文春新書 (エマニュエル トッド,堀 茂樹)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=zqxP0BIaWa0

Charlie Hebdo: “You marched for free speech in 2015, ensure it is respected now”

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 (文春新書)

エマニュエル・トッド/著
2015年1月の『シャルリ・エブド』襲撃事件を受けてフランス各地で行われた「私はシャルリ」デモ。
表現の自由」を掲げたこのデモは、実は自己欺瞞的で無自覚に排外主義的であった。宗教の衰退と格差拡大によって高まる排外主義がヨーロッパを内側から破壊しつつあることに警鐘を鳴らす。

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『大分断 教育がもたらす新たな階級化社会』

エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳 PHP新書 2020年発行

第6章 ポスト民主主義に突入したヨーロッパ より

ドイツが築き上げた「ドイツ帝国」という経済システム

すでに本書でも何度か触れていますが、私の専門である家族人類学では、ドイツと日本を同じ直系家族のシステムを持つ国として分類しています。この両国を見比べてみると、日本の傾向を分析するのは割と簡単なことです。というのも、人口の減少という明確な危機的状況があるからです。日本の将来を考えるための唯一のパラメータは、今後数年で日本がどの程度の移民を受け入れるか、という点です。ところがドイツ。これは大変に難しい問題です。ドイツは人口面では日本よりも規模が小さい。ところが国際的な国家権力を諦めていない国なのです。
ヨーロッパではよく、日本の軍国主義化を懸念する意見を耳にしますが、そのたびに私は、「心配する必要はない」と言っています。人口減少を受け入れた。つまり国家の縮小を受け入れた日本という国が、帝国主義的な方向に行くわけがなく、ましては国際社会においても力を持ちたいと思っているはずがないからです。その点、ドイツは違います。移民を受け入れ、傲慢なほどの姿勢で自国の人口維持に必死になっているのです。そのために東欧諸国との経済システムを再構築し、東欧の安価な労働力で生産した製品を、ドイツを経由して他国へ輸出するという「ドイツ帝国」とも言うべき経済の形を築き上げています。ドイツのGDPは世界第4位(2018年名目)ですが、これに関しては「ドイツ帝国」のシステムを築いたという点を押さえておきべきでしょう。
ドイツは国民全体の高齢化と闘っていて、常に労働力を求めているのです。私はドイツと日本についてかなり研究してきましたが、この両国の人口は世界で最も高齢化していて、中位年齢はドイツが、45.7歳、日本は48.7歳です。一方、アメリカは38.3歳、イギリスは40.5歳、フランスは42.3歳です。

日本は移民の大規模な活用を拒否し、国力の低下を食い止める闘いを諦めてしまいました。ところが、ドイツは世界で最も年老いた2つの国のうちの1つでありながら、前述したように経済力については全く諦めていません。

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東西ドイツは1990年に統合されました。それ以来、ドイツは共産主義で疲弊していた国々を立ち直らせてきました。ドイツは東欧経済に秩序を取り戻し、東欧の労働力人口をドイツの産業システムに組み込みました。その結果、ドイツはユーロ圏内の西と南で競争相手を蹴散らして、ハイテク部門では中国、アメリカ、日本をはるかに凌(しの)ぎ、世界トップクラスの輸出国となりました。この全てを、高齢化した8300万人の国民の力でなしとげたのです。
少し考えてみればわかりますよね。そうです。ドイツはものすごい国なのです。並外れた組織力、効率、能力のある国です。この背景を理解した上で、ドイツが火をつけた今の「移民の波」を分析しなければなりません。同じような出来事は以前にもあったのですから。

フランスの中産階級は無能になった

先ほど述べたように、『シャルリとは誰か?』は激しい論争を引き起こしました。それ以来、フランスでは1年ほど発言を控えた時期もありました。私はあの本で、イスラム系同胞たちが魂の平和を保つ権利を守りたかったのです。あの本を出版したことは、私の生涯で最も誇れる行為の1つであり続けるでしょうし、もしかしたら私の人間としての存在証明であったかもしれません。
この著書がなぜフランスでこんなにも騒がれたのか――簡単なことです。私は、フランスを支配する階級の責任を問い、当時の大統領・オランドを無能だと言い放ち、社会主義政策は凡庸な集団詐欺以外の何物でもなかったと、あれから誰もが考えたことを提示しましたが、それだけではありません。
私が書いたのは、フランスの中産階級が無能だということです。私は、私自身も所属するある階層のフランス人たちを告発したのです。そのことの方が、よほど問題なのです。私は、「今日のフランスの中産階級は、もはやフランス革命の継承者ではない」とはっきり書きました。
彼らは、自由と平等を信ずる革命の申し子ではありませんし、こうした理念など忘れ去ってしまっているのです。もちろん、私の書いたことはものすごい衝撃をもたらしました。なにしろ真実なのですから。
誰もがみな、愚かなエリート政治家たちを隠れ蓑(みの)にしています。ですが、オランド大統領(当時)はある意味で虚構なのです。
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人々はオランドを嘲(あざけ)ることで、自分自身について判断することから逃げているのです。そうすれば、こう口にせずにすむからです。
「私は歳をとりつつある中流階級のフランス人で、まだまだ素晴らしい経済的な特権も持っている。国のお金のおかげで子供たちを安心して育て上げることもできた。でもこれからの若者たちには勝手になんとかしてくれと思う。郊外か刑務所で腐るなり、あるいは少しお利口さんなら、せいぜいくだらない仕事に精を出してくれ、と」
これこそが、『シャルリとは誰か?』の重要な、そして過激な部分です。そして、このように私が指摘した問題は、今でも手つかずのままなのです。