じじぃの「科学・地球_01_炭素物語・プロローグ」

交響曲第6番「炭素物語」 地球と生命の進化を導く元素』著者インタビュー

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=GsG2T3uEPgg&feature=emb_title

交響曲第6番「炭素物語」

化学同人
★うるわしい働き者
―炭素の楽しい物語  本書の紙から体内の血液まで,ほぼ万物が炭素の原子を含んでいる.おくるみもお棺もそうだから,私たちは炭素に包まれて生まれ,人生を過ごし,そして死ぬ.生物とは,炭素質の惑星が生んだ精妙な作品だといえよう.それほどに大事な炭素も,原子どうしの結合がほんの少し狂うだけで健康や命に障りかねない.
炭素は暮らしを支えるばかりか,地球の誕生・進化と未来,人類の行く末など,根源の問いにもからむ.詩心たっぷりな語り部といってよい地球科学者ロバート・M・ヘイゼンが本書で,宇宙の成り立ちと過去・現在・未来に深くかかわる炭素の意外な素顔を浮き彫りにする.
人体の炭素分は,カール・セーガンが見抜いた「星屑」にとどまらない.本書『交響曲第6番「炭素物語」』の序奏で説かれるとおり,恒星の誕生をはるかにさかのぼる138億年前,ビッグバン直後の10数分間にも,激しくぶつかり合う陽子と中性子が炭素の原子を生んでいた.その一部はいま,むろん読者の体内にもある.序奏に続く4つの楽章が,聴衆の心を引きこみながら,アリストテレスの四元素「土」「空気」「火」「水」にからめた炭素の美しい物語をつむいでいく.
著者はナポリ近郊の名高いソルファタラ・ディ・ポッツォリ火口を訪れ,炭素質の火山ガスが生むきれいな鉱物を見つめた.スコットランド高地の崖を登って炭素鉱物を探したこともある.ナミビアの貴金属鉱山だけで見つかる鉱物を手がかりに,未知の炭素化合物あれこれがひそむ地球深部に想いをはせる.
ときには立ち止まって,気候変動と炭素の関係を考えたりする.炭素がなければ暮らしも産業も成り立たないわけだから,そう単純な話でもない.
本書は,ダイヤモンドの輝きをもつ散文を音符として,炭素というかけがえのない元素を讃える大交響曲だといえよう.
https://www.kagakudojin.co.jp/book/b493084.html

交響曲第6番「炭素物語」――地球と生命の進化を導く元素』

ロバート・M・ヘイゼン/著、渡辺正/訳 化学同人 2020年発行

プロローグ より

身のまわりを眺めてみよう。炭素はどこにでもある。本書の紙とインクにも、製本用の糊にも炭素がひそむ。靴の皮と底、洋服の繊維と染料、ジッパーやマジックテープも主体は炭素だ。どの食品も飲み物のビールや炭素水、発泡酒も必ず炭素を含む。床のカーペット、壁の塗料、天井のボードも同じ。燃やして使う天然ガスやガソリン、ロウも炭素からでき。床材やツルツルの大理石も同様。接着剤や潤滑剤も炭素からつくる。鉛筆の芯や指輪のダイヤは炭素そのもの。アスピリンやユニコンコデイン、カフェインなどの分子も炭素が骨格をなす。レジ袋も自転車用ヘルメットも、安い家具も高いサングラスも、どんなプラスチック製品も炭素からできている。私たちは産着(うぶぎ)から棺桶の内装(絹の布)まで、炭素原子に包まれて産まれ、生き、生涯を終える。
皮膚や毛髪、血液、骨、筋肉、腱(けん)は炭素原子からできている。どの細胞も、細胞内の成分も、炭素原子の強い骨格があるので働く。乳児の心臓は母乳の炭素分からできる。恋人の目や手、唇、脳も炭素からできた。呼吸すれば炭素分子を吐き、キスすれば炭素原子たちが触れ合う。
冷蔵庫内のアルミ缶やスマホのシリコンチップ、歯に詰めた金など、炭素を含まないものは少ないから、数えあげるのはたやすい。かたや炭素を含むものは多すぎて、一部を列挙するだけでもいやになる。炭素の惑星に住む私たちは、炭素からできた生命体だ。
どんな元素も個性をもつけれど、特別な元素というものはある。6番目の炭素は、暮らしに強くからみ合うが、そういう「もの」の素材にとどまらない。広大な時空のなかで、宇宙の進化にも深くかかわってきた。138億年前に生まれ、いまなお変わり続ける宇宙の営みは、私たちの想像力をかき立ててやまない。炭素は宇宙のコアにあり、惑星や生命を、さらには人類の誕生をも演出した。蒸気機関から産業革命を経てプラスチック時代の幕開けまで、炭素は技術の進化をも支えてきた。環境や気候を少し狂わせるのかもしれないけれど。
炭素はどこが特別なのだろう。宇宙全体を見渡したとき、水素は炭素よりずっと多く、ヘリウムはずっと安定で、酸素はずっと反応性が高い。鉄や硫黄、リン、ナトリウム、カルシウム、窒素にも特有な物語がある。どの元素も地球の進化でそれぞれの役割を演じた。けれど、冷たい広大な宇宙のなかで地球が進化してきたさまをほんとうにつかみたいなら、とにかく炭素に目を向けよう。炭素と炭素化合物こそが、かけがいのない物質世界と宇宙の進化を促すからだ。
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地表の近くで進む炭素循環は、気候や生態系を安定・健全に保ち、安くて便利なエネルギーを恵む。だが火山の噴火や石炭の燃焼、森林の伐採など。自然や人間の活動が炭素原子の分布を乱すと、気候が変わり、生態系が狂うかもしれない。その影響は、地表近くの生物圏にかぎらない。地球の深部で炭素が見せるダイナミックなふるまいは、ほかの天体には特徴だといえる。

炭素の物語は、万物の物語だ。しかしこの平凡な元素には謎が多い。

地球に炭素がどれほどあるかも、深部の炭素がどんな化学形かも、よくわかっていない。地球の表層と深部を炭素がどうめぐるのかも、数十億年(深い時間)のうちに循環のありさまがどう変わってきたのかも、まだつかめていない。数千万ある炭素化合物の性質も、わかったとはいえる段階ではない。最高の謎といえる「生命の起源」は、炭素とはかの元素の微妙な結びつきが起こしたにちがいないのだけれど。
炭素の量や化学形から、環境中の居場所と動きまで、わかったことよりも、わかっていないことのほうがずっと多い。