じじぃの「歴史・思想_176_地球に住めなくなる日・海のデッド・ゾーン」

Why so many fish are dying in the Gulf of Mexico

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=p-CzdrvpgMI

What is the Gulf of Mexico's dead zone ?

『地球に住めなくなる日』

デイビッド・ウォレス・ウェルズ/著、藤井留美/訳 NHK出版 2020年発行

第2部 気候変動によるさまざまな影響

水不足の脅威 より

地球の表面は70パーセントが水に覆われている。そのうち淡水の割合は2パーセント強。しかし大半は氷河の形で存在しており、水として使えるのはわずか1パーセントだけだ。ナショナルジオグラフィック誌の計算では、地球上の水の0.007パーセントが70億人の生命を支えているという。
飲み水が不足すると聞くだけでのどが渇いてくるが、実のところ人体が摂取する分は、必要な全体量のなかでほんの少しだ。淡水の70~80パーセントは食料生産と農業で使われ、残り10~20パーセントは工業用水になる。それに飲み水不足を引きおこす主要因は気候変動ではない。たった0.007パーセントでも、70億人を充分に支えられる。90億人、いやもうすこし増えても大丈夫だろう。ただし、世界の人口は今世紀中に90億の壁を突破して、100億ないしは120億人に到達する。いちばん増加率が高いのは、すでに水不足にあえぐ地域、すなわちアフリカの都市部である。多くのアフリカ諸国では、ひとり当たり1日20リットルの水で生活している。公衆衛生を保つうえで必要とされる量の半分にもならない。2030年には、世界の水需要は供給を40パーセント上回ると予測される。

死にゆく海 より

海洋は、人間が排出する二酸化炭素の4分の1以上を吸収している。この50年間は、地球を暖める余分な熱の90パーセントも吸収してきた。海が抱えこむ熱エネルギーは、2000年にくらべると少なくとも15パーセントは増えており、全体では化石燃料の埋蔵量の3倍の熱を20年間で吸収したことになる。二酸化炭素の吸収の結果、「海洋酸性化」という現象が起きている。酸性化で植物プランクトンが減少することにより大気への硫黄の放出が減って雲の生成も減ることを通じて、海洋酸性化は0.25℃~0.5℃の温暖化を引きおこす。

海の「デッド・ゾーン」の急増

サンゴの白化(はっか)現象をご存じだろうか。かんたんに言えばサンゴが死ぬことだ。サンゴが生きるためのエネルギーの90パーセントは、共生する褐虫藻という原生動物が光合成を通じてつくりだしている。ところが海水温が上昇すると、褐虫藻がサンゴから逃げだしてしまうのだ。サンゴはそれ自体が複雑な生態系を構成しており、褐虫藻はいわば栄養補給係であり、エネルギーサイクルの要(かなめ)でもある。褐虫藻がいなくなると、サンゴはたちまち飢えに直面する。
オーストラリアのグレート・バリア・リーフは、2016年から全体のおよそ半分で白化現象が確認されている。2014年から2017年にかけて、世界各地でこうしたサンゴの死滅が見られた。サンゴ礁が激減したことで、水深30~150メートルに研究者が「トワイライトゾーン」と呼ぶ層が出現した。世界資源研究所によると、水温上昇と酸性化によって、2030年には世界のサンゴの90パーセントが脅威にさらされるという。
これはとても悪い知らせだ。というのもサンゴ礁が生命を支える海洋生物は全体の4分の1にもなり、さらに5億人の食料源と収入源でもあるからだ。サンゴ礁は暴風雨による洪水を防ぐ役割も果たしており、インドネシア、フィリピン、マレーシア、キューバ、メキシコに少なくとも年間4億ドルの価値をもたらしている――合計ではなくそれぞれで4億ドルだ。
海洋酸性化はサンゴだけでなく、魚の生息数にも打撃を与える。漁業資源への影響を正確に把握する方法はまだ確立していないが、海水の酸性度が挙がるとカキやムール貝は成長が遅くなり、二酸化炭素濃度の上昇は魚の嗅覚を損ねて方向感覚を鈍らせることがわかっている。オーストラリア沿岸では、わずか10年間で魚の数が32パーセントも減少した。
いまは大量絶滅の時代だとよく耳にする。人間の活動のせいで、地球から姿を消す種が最大1000倍も多くなっているというのだ。そしてもうひとつ、海洋無酸素化の時代と言ってもいいだろう。

過去50年間で、海水が完全に無酸素化した「デッド・ゾーン」は世界で400ヵ所以上に増え、面積についてヨーロッパ大陸にほぼ相当する数百万平方キロメートルになる。

酸素量が極端に少なく、悪臭を放つ海に悩まされる街も増えている。最大の原因は海水温の上昇だ。暖かい水は酸素が酸素が溶けこみにくい。また汚染の影響も無視できない。メキシコ湾に最近出現した2万3300平方キロメートルのデッド・ゾーンは、中西部の工業型農場からミシシッピ川に流れこむ化学肥料が原因だ。2014年には、オハイオ州のトウモロコシと大豆農場で使われた肥料のせいでエリー湖で藻が大繁殖し、トレドという町では水道水が飲料禁止になった。2018年にはアラビア海フロリダ州の面積に相当する巨大なデッド・ゾーンが発見される。アラビア海の北東、面積16万5000平方キロメートルのオマーン湾全体がデッド・ゾーン化しているという声もある。メキシコ湾のデッド・ゾーンの実に7倍だ。研究者のバスティアン・ケストは「海が窒息している」と話す。
海水の酸素濃度が急激に低下して、海洋生物が死滅し、漁業が成り立たなくなり、デッド・ゾーンが広がる。ナムビア沿岸に伸びるスケルトン・コースとでは、硫化水素が発生して海が泡だっている。難破船の残骸が点在することからその名がついた海岸だが、いまはほんとうに死の海岸になってしまった。硫化水素は、ペルム紀末の大量絶滅の原因になったとも言われる物質だ。独特の臭いがあるので、私たちの鼻は敏感に察知する。