じじぃの「ブレグジット・なぜポーランド人がイギリスに多いのか?世界が右傾化する」

The Polish family divided over leaving the UK during Brexit

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fRr2NVgkbS8

I’m Polish and despite Brexit I’m not leaving the UK

『なぜ、世界は“右傾化"するのか?』

池上 彰、増田ユリヤ/著 ポプラ新書 2017年発行

なぜポーランド人がイギリスに多いのか より

イギリスとポーランドの関係。この疑問を解くヒントを、ツイッターの中に見つけた。それは、かつて大国だったポーランドが、周辺の国に侵略されたり、独立を取り戻したりを繰り返しながら、第二次世界大戦に巻き込まれ、戦後はソ連傘下の社会主義国家を形成していく、という苦難の歴史にありそうだ。以下は、前述のヘイトクライムに対して、何人かのイギリスの一般市民と、それに呼応するようにつぶやかれた在英ポーランド人のツイートである。
  「私は、この国に住むポーランドの兄弟姉妹をサポートします。第二次世界大戦で味方として戦い、今、私たちの国に加わってくれています」
  「イギリス空軍に参加してくれたポーランド人がいなかったら、イギリスは第二次世界大戦で敗北を喫していたでしょう」
  「私の父(ポーランド人)は、第二次世界大戦でイギリスのために戦い負傷しました。以後30年、スラム街のGP(開業医)として働きました」
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ポーランドの歴史は、王国として成立した10世紀にさかのぼる。14世紀にはリトアニアと連合して大国を築き、その範囲は現在のリトアニアベラルーシウクライナにまで及んだ。しかし18世紀末、ポーランドは当時のプロイセン、ロシア、オーストリアの3国によって分割されて国家が消滅した。その後もロシアに支配される時代が続き、実質的に独立を回復したのは第一次世界大戦の後である。
1917年のロシア革命に乗じて領土を拡張しようとしたポーランドは、ソ連と激しく対立する。その後、1939年9月1日にドイツがポーランドに侵攻、これに対してイギリスとフランスがドイツに戦線布告した第二次世界大戦が始まるが、ドイツに続きソ連ポーランドに侵攻し、再び国家が消滅してしまった。
このとき、ポーランドは米英仏などの連合国につき、亡命政府がパリに成立するものの、フランスがドイツに幸福したため最終的にロンドンに拠点を移すことになった。この亡命政府に属する軍隊(自由ポーランド軍ポーランド第2軍団とも)がイギリスとともにアフリカ戦線や西部戦線でドイツ軍と戦ったのである。結局、ポーランドは大戦終結後、ソ連の衛星国、要は傘下に入り、米英が正当性を主張する亡命政府は、社会主義国として再出発した祖国に戻れないまま、ロンドンにとどまることになり、以来、東西冷戦終結後の1990年までロンドンに存続していたのである。

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どうでもいい、じじぃの日記。
なぜ、イギリスには100万人近いポーランド人がいるのか?
なぜ今、イギリスに住んでいるポーランド人がポーランドに帰りたがっているのか?
ポーランド人がイギリスに急速に移動したか、というとその理由は仕事でした。
ポーランド生まれの人々がイギリスで急増しはじめた2004年は、ポーランドの失業率は20%余りで平均収入はイギリス人の4分の1でした。イギリスでの手取り月収が20万円ほどならポーランドでは5万円しか稼げなかったのです。
イギリスは2020年1月31日に、47年間加盟していたEUを離脱しました。
今まではイギリスがEUの一部だったので、自由にポーランドと行き来できたのにこれからはパスポートを用意しなければならなくなりました。
イギリスでのポーランド人の仕事はイギリス人の下働きが多いので、これならポーランドに移り住んだほうがよい、と考える人が多くなったようです。
ポーランド人のことが本などに出てくると、つい朝鮮人と比較してしまいます。